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Σ(゜□゜;
昨日は曜日を間違えて書道教室に行くのを忘れていた!
というか、昨日は残業だからどちらにしろ行けなかったのだけど、先生に欠席連絡も何もしていなかった。
あー、なんでか昨日を月曜日と思いこんでいた私。
月曜深夜の伊集院さんのラジオ番組が流れないまま眠りに入り、今朝、目覚めてその謎に迫り
「もしや昨日が火曜日だったのではないだろうか。Σ(゜□゜;」と、気づいた。
時空がねじまがったとしか思えない。
もしくはUFOに連れ去られて記憶操作されたに違いない。
ブログもちゃんと書いているのに、この勘違いは不思議だ。
と、言う訳で今日は水曜日だ。
昨日は美容院でふんわりヘアスタイルだったのに、朝起きたら頭上がバサッ!バサッ!となっていて、昨日の頭髪の状況が再現できない!!!Σ(゜□゜;
…あーあ、短く儚い夢だった。
インプットのしすぎで肩が痛くなるほどPC使って残業をして帰ってきたら、休みの日に上野(あがの)で買った栗がネット一袋、重みを湛えてテーブルにのっかっているのを見た。
ひーーーー。
なんで季節感に負けて栗を買ったのだ、我!バカヤロウ。
誰がこの栗の皮をむくというのだ!!!
栗の鮮度とやらを考えると、もう、今日やっておくべきだろう。
食後スタートで菊一文字のミニ包丁で栗をむいた。きっといい運動になって肩こりの痛みも減じるかもしれないと言い聞かせて、コツコツと栗をむく。
君の行く道は果てしなく遠い~♪
だのになぜ歯を食いしばり、栗をむくのかそんなにしてまで~♪
栗の表皮の「鬼皮」は、栗が自分の身を守るためだから許すとしても、あの渋皮は何なのだ。あれが存在しなければずっと楽なのに…。

栗の皮むきはよけいに肩こりを増進させ、作業が終わった時には首まで痛くて吐きそうなのだった。
こんな…こんな身体でちゃんと栗ご飯がつくれるのだろうか。
仕事はようやくひと息つけそうな感じだ。
おかげで今日は早めに帰れたので気になっていた髪を切りに美容院へ行った。もう、髪がコンブみたいになっていたから、嫌で仕方なかった。
美容師さんに「大丈夫ですか?」と、二度言われるほどに私は頭をカックンカックンしながら爆睡したけど、美容師さんはハサミを私の頭に刺すことなく丁寧にカットしてくれた。
「小顔に見えるように前髪を分けて縦長にしましたヨ。」と、しあげてくれた髪型は久々に『ああ、こんな風にしてほしかったんだ。』と思えるようなカタチ。
そして帰宅して夕ご飯を作っていると知人から電話がかかってきた。
森家の原稿チェックを言われて、かなり久しぶりにわが家の冬眠状態のFAXで原稿を受信した。長い歳月放置していた感熱紙が黄色くなっていながらもまだ生きていてくれたので助かった。
と、思いきや、先方様はB4くらいの原稿をA4に縮小して送信なすったのか、さらに私のFAXの古さのせいか、8ポイントくらいの文字がつぶれて読みにくい…それでも、なんとか読める状態。
原稿とは言っても見開き1ページものなのですぐに読んで、チェックの返事をした。
それから3時間くらい経っただろうか、夜中に机の上に置いていた原稿を見ると目が慣れたのか、さきほどよりも文字がよく読みとれるようになっていたのでつい読み返した。
だめだ、目が慣れてもこのFAXでは「烏」と「鳥」の文字の違いがわからない。
原稿は正しく「烏」となっているのかもしれない、しかし勘違いで「鳥」になっているかもしれない。
…おお、鳥峰城と烏峰城では森度が違いすぎる。間違えたら一大事だ。焼き鳥と焼き烏ではかなり恐怖度が違うが如し。考えれば考えるほど心配になってきた。
iPhoneには600円くらいで買える顕微鏡アプリがあり、ダニの足に毛が生えているのすらわかるという。
しかし…ミクロの世界をのぞいたところで、そもそも潰れているFAXの文字を判別できるだろうか。
…結局、『鳥になっているでしょうか?』と、メールしてみる。
九州の雄県である福岡県で森家に関係ある史跡といえば、森軍が秀吉の九州征伐に従軍してちゃっちゃと攻め寄せた益富城とか、『森家先代実録』に登場する岩石城(がんじゃくじょう)だ。『実録』では「岩弱城」と表記されている。何も城に対して「弱」という当て字せんでも…。
と、いうことで今日は雨の中でも森家関係を含む筑前の城めぐりをしながら、かつ、ケータイGPSゲームで城攻めをして森家を充電することにした。
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本日の筑前城めぐりスケジュール(黄色はGPSゲームの城取得目的で近くまで行ったのみ。)
・高野山城(飯塚市):前を通過したのみ。
・津原城跡(飯塚市):偶然見つけて城の領域を散策。
・鷹取山城(直方市):近くを通過。
・山鹿城(京都郡):近くを通過。
・岩石城(田川郡):麓の城主墓とインチキ城っぽい建物を見て帰った。
・清正公園(田川郡?):なんでこんなとこにいきなり清正公園があるのかと行ってみた。清正木像がお祀りされていた。
・益富城(嘉麻市):散策した。
・松尾城(朝倉郡):散策した。
・秋月城(朝倉郡):近くを通過。
・古処山城(朝倉市):近くを通過。
・麻底良城(朝倉市):近くを通過。
・三奈木黒田家菩提寺清岩禅寺(朝倉市):偶然見つけて黒田一成と新免家の墓参りしてみた。
・旧三奈木黒田家庭園(朝倉市):苦労して見つけ出して散策した(日没だけど)。
・菊池武光公太刀洗伝承の地(大刀洗町):闇黒の水辺を散策した。
・菊池武光公像(大刀洗町):散策した。
・大宰府(太宰府市):都府楼前を通過。
・岩屋城(太宰府市):近くを通過。
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お城の中できちんと車を降りて訪問したのは岩石城の麓と津原城跡と益富城跡と松尾城跡と三奈木黒田家の遺跡くらいだ。
岩石城は晴れの日でも登ると何度も滑りまくったので、今日のような降雨時にはウォータースライダーになっているだろうから、とてもじゃないが登れない。今回は麓の岩石城の大将2名の墓参りをし、インチキ天守閣を撮影するだけにとどめてその場を去った。
岩石城の麓にある大将の墓。芸術的な造詣である。
この岩石城が落城した後、森軍の大将・林為忠(森忠政の陣代)は、他の武将達と益富城下まで押し寄せていったらしい。ブラボーなことに同じく従軍した中川家が家譜に「林為忠」の名前を記入してくれていたので判明したことだ。
と、いうことで私も森家と同じく益富城に押し寄せた。
数年ぶりに訪問した益富城はかっこいい。昔は白い袋の土嚢が石垣の上にぎっちり並べられていて「俺のほうが石垣です」と主張しまくっていて興ざめしたが、その土嚢を今見ると、袋も破れかけて土がでてナチュラルな感じになっており、違和感もあまり感じずに安心した。
益富城址の碑:奥は本丸
益富城内には蜘蛛の巣がいっぱい張ってあったけど、そこは前を歩いた知人がことごとくひっかかってくれたので私はまったく被害に遭わずにすんだ。
その後、誰の城かも判らず松尾城跡を見つけて山頂まで登ってみた。
私の先を歩いていた知人はなんと、鹿に遭遇した。しかも200匹。
いや、「2匹いた。」…と言っていた。離れて後ろを歩いていた私はその瞬間に立ち会えず残念。
松尾城跡の虎口を城内から撮影したカンジ。
話は戻って益富城をゲトした秀吉は大量の米を益富城の上から流して一日で滝をつくりだしたかのように遠方の敵城に演出したと言うが、私としては『米と水を間違える事などない!』と思っていたところ、松尾城跡で知人が「白いので滝があると思ったら鹿のお尻だった。」と発言。
・・・そういうことなら、敵(秋月さん)が米を見て、水と思うこともあり得るのかも知れない。
三奈木黒田家の史跡は、麻底良城という読みのわからぬ黒田の六端城のひとつに向かっている途中で「三奈木」という地名に出くわして、もしや、三奈木黒田家の三奈木?Σ(゜□゜;
と、思って現地で史跡をさがして偶然訪問したもので、その時はもう日没で暗かったものの、黒田家の庭園を鑑賞した。
高感度で撮影(本当は薄暗い。)した三奈木黒田家の庭園。
その後の大刀洗町の史跡なんて日没後の行動になった。当初は「大刀洗にあるゼロ戦が見たい!」と言っていたけど、開館時間にぜんぜん間に合ってない。またこんど。(^_^;)
ラストに目にした菊池武光公の像のライトアップはキレイだった(初対面)。
菊池武光公像:ライトアップのキレイさが伝わってくるだろうか。
今日の筑前城めぐりの結論:森長可にも、かっこいい銅像が鋳造されるべきである。
どうやら風邪っぽい。
家の中のどこかに風邪薬があるはずなのだが見つからないので部屋の片隅に落ちていたバファリンを飲んでおく。(-"-;)
森不足のこの頃、森忠政や森可政(叔父)もいたことで私の中で有名な名護屋城の現地説明会が午後からあったので行くつもりだったのに、私自身がくたばっていた上に、一緒に約束していた人もくたばっており、「もうダメなりよ…」と、意気投合して行かなかった。
しこうして森家も充電できなかった。
10月は毎週末、森家でフル回転する予定なのに!!!
冷蔵庫に食べるものがなかったので近所のスーパーに買い物には行ったけど、空を見上げれば案外いいお天気。
なんだか折角の休日に元気じゃない自分が残念な気分になる。
ファイルを買ってきて未整理だった森家の資料にパンチでジャコジャコと穴をあけて、それを黙々とファイリングする作業が今日のメイン。