忍者ブログ
近況報告
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 冷蔵庫の中のものが腐っている。
ぎゃあああああああああ!!!!謀叛よ!謀叛!Σ(゜□゜;

 気づいたのは、冷蔵庫から出したお酒がまったく冷えてなかったから。
キンキンに冷やして飲もうとしていた清酒「蘭丸」がぬるいとは何という悲劇。
「なんでだ???」と、冷蔵庫を改めてチェックすると、玉ねぎが立派な腐れ玉になり、白いお米が、きみど(以下略)。
ここで入れといた卵がヒヨコになってたら楽しかったのにな
 
 どうやら、私が韓国に行っている間に冷蔵庫がひっそりとその時を迎え、みまかったようだ。年下の従兄弟の大学生活の後に私がもらいうけた冷蔵庫。まぁ、長くもったと言えばもった…。人間でいえば80歳くらいであろうか。 
 冷蔵庫部分を「強」にしても、もはや冷えないのでダメなのだろう。それでも、不幸中の幸い、冷凍庫だけは大丈夫そうだ。当分、冷凍生活に切り替えるしかない。とりあえず、氷を浮かべて清酒蘭丸を飲み干す。
\(-o-*)/
 ふと、思い返せば、冷蔵庫が壊れていると気づかずに昨日のお昼、生肉を入れておいたが、今日、それを夕食の焼きそばに入れて食べた。『なんで肉がベーコンみたいにパサパサになってるのかなー。ラップのしかたが悪いのかなー。』と、思っていたわけだが…。もちろん肉には火を通したが、ただでさえ胃が弱っているのに、大丈夫なのか、我。
PR

 髪型がいよいよヤバくて寝ぐせ直しウォーターをふりかけて執念で内巻きカールにしても、総外ハネ髪になってアニメキャラになるので、午前中から美容院で縮毛矯正してきた。
 みごとシャコーン!とストレートヘアになってようやくホッとした。しかし、髪の毛がボリュームダウンして見える分、今度は顔がでかく見える気がする。すみやかに小顔にならないと大変なことになる。本当に大変なことになってしまうのだ。

 美容院の帰りに見た藤の花。あの花房に顔をうずめたくなる。
c8761214.jpg

 働き疲れか、今日は身体がダルい。
なので早く家に帰りたいのに帰路で博多どんたくの行列に遭遇してしまい、しばらくの間、信号を渡れず。森家に関係ないものに行く手を阻まれて不本意な気分であるのに、しゃもじを持って踊る行列から笑顔をふりまかれる。
 昨日から食事をしていないせいでダルいのかと思い、胃が弱ってるのを承知で昼ごはんに焼きそばを焼いて食べたら、胃痛が襲ってきて、ダメージ6をくらい、結局そのまま一日何も手をつけられずに寝てた。

 ”世界一危険なスペインの古道”らしいエル・カミニート・デル・レイ(王の小道)を進む人の動画を見ながら横になってたのだが、落ちたらジャムになるような断崖絶壁の中腹くらいに、そもそもどうやったら道をつくれるんだ。何をとっかかりに道を作る作業を始めるんだ。いや、インカ道もこれくらいすごいとこあるぞ。インカをなめるな。

く…せっかくのGWを…何してんだ、我。


 今日やった事といえば、先輩に留守電入れたくらいか。結局、先輩のほうが慌ただしくなり博物館はボツ。

 昨夜、韓国から帰ってきた。
通常の日本人の城好きでも入らぬ民家の遺構や薮の中までもぐりこんだけど、やっぱり倭城(日本軍が朝鮮に築城した城)の規模のすごさに圧倒される。豊臣秀吉の唐入りは日本国あげての国家事業だわ。
ホントに本気だったらしく、色々と半端ない。(・。・;
充実した韓国の旅行記はのちほど書くとして、いきなり今日からまた仕事だ。

 2011年のGWは、出て休んで休んで休んで、出て休んで休んで休んで、出て休んで休んでな感じに、カレンダー通りに出勤せねばならない。それに加えて、先月は引き継ぎをしながら仕事をしなくてはならず、それで4月分の仕事が遅れている上に、引き継いでる相手が今日もサクッと休暇をとったから(覚えていなはれ)、その分私が何とかしなくてはならなくて〆切りもあるので怒涛の勢いで夜10時まで働いた。ばたっ。 

 韓国で辛いものを食べすぎて、胃が悲鳴をあげてガチガチになったままなので、晩ごはんはなし。
 
GW中に先輩と博物館に行く約束をしていたので3-5日の3連休で行く心づもりだけど、先輩に大丈夫な日をメールで送っても、絶対に手書きの書簡で返事をしてくださる方なのである。だが、今回まだ郵便受けに手紙が入ってない。後輩のアテクシから電話せねば。でも、今日は疲れて、帰宅も遅すぎて、電話する機会を逸した。ばたっ。

本日の旅程
宿→釜山倭城→朝鮮通信使歴史館→子母台倭城→大覚寺(旧・東本願寺釜山別院)→昼食(トンカツ)→釜山駅(地下鉄)→中央駅→釜山港(ビートル)→博多港

 (前回までのあらすじ):韓国滞在中に城に行きまくって楽しい日々を過ごしていたが、なんか体調くずした。

 昨夜の宿はオンドル部屋というのに寝る時は床も冷えていた。
悪寒のする私は他の部屋から布団をかっさらって自分の布団にさらに重ねて温かくして眠っていたのに、いつの間にか床暖房がバカ効きになっており、オーブンにラッピング状態にて汗だくで目覚める。
発汗で体調も回復して結果オーライだが・・・。

 でも、引き続き胃がズキズキするので、辛い物を食べられない。
朝ごはんは私だけ「うどん」を食べに行こうとするも、Iさん達も「ワシも、うどんがいい。」「韓国料理を食べ疲れたもんな。」と語り、結局、全員で釜山駅構内でうどんを食べた。
 揚げ玉が所せましと浮き、薄さ3mmくらいの油揚げが具なのだけど、深く考えねば味は日本の「うどん」と同じだった。ああ、うどんは胃にやさしい。

 その後、宿に羅さんがヒュンダイの車でお迎えに来てくださった。
本日の最終日も、史跡案内くださるとのこと。
全員でヒュンダイに乗りこむ。

  釜山倭城に到着したが、日本の石垣を目の前にして電源を入れてもデジカメが作動しない。なんで!
昨夜、体調が悪い中でも「充電だけは!ブシュ!」とコンセントにつないだのに!Σ(゜□゜;
 思い起こせば、充電器にバッテリーをつっこんだままキャリーバッグに片づけてしまった。よって今、デジカメにはバッテリーが入っていない。
そのバッテリーが入ったキャリーバッグはというと、ホテルに預かってもらっている。
やっぱり海外旅行は危険がいっぱい!

 そんな、大人の理由で今回の日記はiPhone画像でお送りします。

でも、最初に訪問した釜山倭城の画像はなし。その分城をじっくりと見て回った。櫓台の石垣を見にガケ下にも降りていった。日本軍が築いた立派な石垣が今でも住宅街の間でどっしりとしたその威厳を保っている。
 ガケ下にいる時になんだが、黄砂がひどいのか、大気汚染でもやってるのか、どんどん何かが目に入ってくる。コンタクトではとてもじゃないが両目を開けておられず、あまりの両目の痛みにコンタクトをはずす(私だけじゃなく、摂津守さまにも同じ現象が)。水道どこ~!!!!

 その時、ふと上を見ると韓国人ギャラリーが集まっていた。こっちに向かって何か言っている。
 ガケを登って元の道にあがった時に韓国のアジュンマ(おばたん)に声をかけられたので(たぶん、「あそこで何をしていたの?」)、韓国語で「ごめんなさい。私は日本人なんです。」と言えば、納得して「アア。」と、うなずいてくれた。日本人だからガケ下にいても仕方ないと、納得してくれたのだろう。
後から聞くにガケ下の石垣のそばにあった畑の作物を踏まないでと言っていたようだ。とりあえず、ネギの存在には気づいていたので、踏んでない。

 次は場所を替えて子母台倭城の敷地内に新しくできたという朝鮮通信使歴史館も見学して、その後ゆっくりと子母台倭城 本体を見学した。
人生2度目の子母台倭城である。角度マニアの羅さんが今日も石垣の角度を計る。

resize0083.jpg resize0084.jpg
子母台倭城の元・石垣の石をコンクリ埋めして
みました。
子母台倭城の石垣
 

 大覚寺というお寺にもお参りした。
現在ここは韓国の禅宗のお寺になっているが、その前身は明治時代に創建された東本願寺釜山別院。
本堂は日本式らしく畳敷きだった。
「東本願寺」と刻まれていた(気がする)立派な日本の梵鐘が今に残っていた。

 昼食は羅さんお薦めの「ランチメニューを注文する他に好きなおかずをバイキングで何でもとって食べていいけど残したら罰金」というお店に行った。
 胃腸の調子がよければ美味しくいただけたのだろうけど、必ず注文しなくてはならないメニューがトンカツであり、トンカツは表面がチクチクするので胃をチクチクしてよくなさそうでほとんど口にせず、残念である。
釜山国際市を見学して、またコンタクトにゴミが入りまくって解散。
皆さん、今回もお世話になりました~(^O^)/

その時に「あまった時間、中央洞の市場で買い物すればいいよ。」と、アドバイスをいただいた気がして、福岡チームは中央駅で下りてキャリーバッグをひきながら駅周辺を徘徊していたが、市場のにぎわいなどどこにもなく、

「我々はきっと夢を見ていたのだ。」

ということでさっさと釜山港国際ターミナルに行ってホットチョコレートで疲れた胃を癒してビートルを待った。
ああ、なんだかんだ言って、それでもまた韓国に行きそうな気がする。
ソウルもいってみたいなー。欲を言えば、北朝鮮にも倭城が残っているはずなのである。

 別件だが、韓国でアメリカの英語ニュース(CNN?)を見ていたら、花粉症予防にこぞってマスクをする東京の人々の画像を用いて「日本国で起こった福島県放射能汚染問題のニュースです。」をやっていたので、ドびっくりした。
あああ!東京まで放射能でえらいことになっていると誤解を招くじゃないか!!!!Σ(゜□゜;
これを見て世界中がどう思うのだろう。
私たちも人ごとではなく、帰国時も放射能検査を受けた。靴には城のぬかるみでゲットした赤土をいっぱいつけたままだったが、そっちは別によかったらしい。
充実した旅を終えて、無事に帰国。

本日の旅程(韓国)
宿(タクシー)→蔚山倭城(タクシー)→忠義祠→宿(自動車)→西浦生倭城→昼食(ヘムルタン)→林浪浦倭城→機張倭城→機張邑城→釜山→参鶏湯→(釜山泊)

 早起きしてタクシーで蔚山倭城(ウルサン ウェソン)に行って、しばし散策。
明・朝鮮の連合軍に包囲されて大将・加藤清正ら籠城軍が大ピンチになった城らしい。飢餓状態にすら陥って仕方なく「馬刺しウマー!」Σ(゜□゜をした城らしい。

 この城を訪問するのは私は2度目。
石垣が残っている場所を中心にゆっくり見て回った。

resize0067.jpg resize0068.jpg
 蔚山倭城の石垣  蔚山倭城の石積み

 その後、近所にある蔚山倭城の攻防戦にまつわる朝鮮側の忠義祠を訪問。
ここには戦いに関する展示などがあった。

resize0069.jpg
 蔚山倭城の攻防戦ジオラマ
なんか、燃えやすそうな蔚山倭城だ。

  宿に戻って、昨日お会いした羅さんと、前回の旅行でとてもお世話になった権さんとも再会。
車をだしてくださり、みんなで乗りこんで一路、西生浦倭城(ソセンポ・ウェソン)へ。そこで昨日の通訳さんとも再会。(^O^)/
 雨が降ってきたので傘をさしながらの城めぐりとなったが、雨が降ったら降ったで楽しい…と、思ってたら横殴りの雨にやられまくる。
 この西生浦倭城を初めて見た時は想像を絶するスケールに「何これ?Σ(゜□゜;」と、圧倒されたものだったが、スケールといい、計算し尽くされたっぷりといい、改めて見てもすごいものがある。やっぱり豊臣秀吉の朝鮮出兵は勝算のある国家事業だったんだ。

resize0070.jpg resize0071.jpg
 西生浦倭城の登り石垣
山頂に本丸がある。
西生浦倭城のグネグネ 
resize0072.jpg resize0073.jpg
 西生浦倭城の石垣  西生浦倭城の空堀

 そして羅さんは鎌を持って石垣の草刈りを始めて薮の中に消えた。
縄張りメンのNさんとIさんは、私よりもはるかに年上の方々だけど、石垣に登るは堀切に下りるわ3次元で自由自在に動き回っていて、後半はケイさんと私もそれについてコケながら遺構を見てゆく感じ。
トゲのある木を持って「この木は危ないです!気をつけてください!」とわざわざ木を待っていてくださる優しい権さん。気遣われても、その木に刺さってゆく私。
 空堀も石垣も本当に巨大だ。前回は気づかなかったが、空堀の規模がすごすぎる。

 お昼になった。角度フェチの羅さんは石垣の角度に没頭して姿が見えなくなり、はぐれたままだったけど、城に放置してみんなで商店街に出て海鮮料理(ヘムルタンとか言ってた気がする)を食べた。
しばらくして羅さんもご来店。

 食後は急遽、摂津守さんの発案でなぜか九州(の弱小)大名たちが築城した林浪浦倭城を見学した。
もう二度と来ることはないだろうと思った規模の城なのに、またここに登ることになろうとは__。前回訪問した時は火事があったとかで城跡が黒焦げだったが、今回はその黒こげ具合がパワーアップして、木々は炭になって乱立して残っていた。また燃えたんかいΣ(゜□゜;!!!!

 さらに黒田長政の機張倭城へ。
ここは本腰入れて見学した。ここでも羅さんが角度を計りまくる。
広大な倭城の敷地内にある住人のお宅の中にまで入れてもらってまでして石垣を見た。韓国人同行だったからこそ、「中に入れてください。」と、そういう事もできる、心強い。

f1496666.jpeg
機張倭城の遺構のひとつ
トタンワンコつき

 そして、ついには本丸のひとつ向こうの丘陵地帯の薮の中に突入。

e8a6ab96.jpeg
機張倭城の遺構の続きがこの先に

なぜ、ここまでしなくちゃいけないのか…と、思っていたが、薮の奥深いところにも見事な石垣が連なっているのを見て、なんと特異で貴重なものに遭遇できたんだと嬉しく思った。
この場所は縄張り図にもちゃんと書きこんであるけど、きっと人類未踏の石垣ではないだろうか。
ちなみにその足場は、自分達も斜めになって海老反りで石垣を見なくちゃいけないほどに悪かったけど、そういう場所でNさんが「この反り、加藤清正の石垣だ!」と突如、発言。そうか、やっぱり角度って大事なんだね。
見れば美しい反りの石垣。ここは黒田長政の城だということだったが、後から摂津守さんに聴けば、機張倭城の在番が加藤清正の時期もあったらしい。清正作の可能性もあるのだろうか。

…そしてそんな藪の中を満喫して出てきた頃は、赤土のぬかるみを歩いたウォーキングシューズが泥だらけで、シークレットシューズみたいになっている。
このまま車に乗ると車内が悲惨なことにもなる、駐車場に座りこんでみんなでけなげに赤土をこそぎ取った。
 
 ついでに朝鮮側の城・機張邑城にも案内してもらえば、ここも赤土のぬかるみで、せっかく先程きれいにした靴にまた赤土がどっさりとくっついてきて、足がかなーり重くなる。
邑城を見学した後は日韓共同でコンクリに赤土をグリグリとなすりつけて靴の汚れを落としていたよ。

resize0082.jpg
 機張邑城の石積み
地震大国日本と違って垂直に積んでも大丈夫みたい。

一日大いに歩きまわった後は釜山に戻って宿に入り駅の近くで食事となるが、辛いもの、刺激物の食べ過ぎで胃が悲鳴をあげ、体調が悪くなっていた、我。
せっかくの参鶏湯を目の前にしながら…ほとんど口にできず…ばたっ。

 夜は反省会という名の飲み会だった。
Nさんから縄張図作成に関する話のアレコレを聴くことができて面白かった。やっぱ「これを城の遺構とみなして描きこむかどうか~。でも、こんなとこにあるのはおかしいんだよな~。」とか悩まれることもあるようで、例えをあげつつ話してもらえて興味深い。

発熱したっぽい私は先においとまして、ベッドでばたっ。

カレンダー
02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
[03/09 うきき]
[03/08 森 秀樹]
[08/26 うきき]
[08/26 小林宏太郎]
[04/17 うきき]
ブログ内検索
バーコード

Copyright © [ うきき記 ] All rights reserved.
Special Template : 忍者ブログ de テンプレート
Special Thanks : 忍者ブログ
Commercial message : [PR]