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近況報告
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本日の旅程(韓国)
宿(タクシー)→蔚山倭城(タクシー)→忠義祠→宿(自動車)→西浦生倭城→昼食(ヘムルタン)→林浪浦倭城→機張倭城→機張邑城→釜山→参鶏湯→(釜山泊)

 早起きしてタクシーで蔚山倭城(ウルサン ウェソン)に行って、しばし散策。
明・朝鮮の連合軍に包囲されて大将・加藤清正ら籠城軍が大ピンチになった城らしい。飢餓状態にすら陥って仕方なく「馬刺しウマー!」Σ(゜□゜をした城らしい。

 この城を訪問するのは私は2度目。
石垣が残っている場所を中心にゆっくり見て回った。

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 蔚山倭城の石垣  蔚山倭城の石積み

 その後、近所にある蔚山倭城の攻防戦にまつわる朝鮮側の忠義祠を訪問。
ここには戦いに関する展示などがあった。

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 蔚山倭城の攻防戦ジオラマ
なんか、燃えやすそうな蔚山倭城だ。

  宿に戻って、昨日お会いした羅さんと、前回の旅行でとてもお世話になった権さんとも再会。
車をだしてくださり、みんなで乗りこんで一路、西生浦倭城(ソセンポ・ウェソン)へ。そこで昨日の通訳さんとも再会。(^O^)/
 雨が降ってきたので傘をさしながらの城めぐりとなったが、雨が降ったら降ったで楽しい…と、思ってたら横殴りの雨にやられまくる。
 この西生浦倭城を初めて見た時は想像を絶するスケールに「何これ?Σ(゜□゜;」と、圧倒されたものだったが、スケールといい、計算し尽くされたっぷりといい、改めて見てもすごいものがある。やっぱり豊臣秀吉の朝鮮出兵は勝算のある国家事業だったんだ。

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 西生浦倭城の登り石垣
山頂に本丸がある。
西生浦倭城のグネグネ 
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 西生浦倭城の石垣  西生浦倭城の空堀

 そして羅さんは鎌を持って石垣の草刈りを始めて薮の中に消えた。
縄張りメンのNさんとIさんは、私よりもはるかに年上の方々だけど、石垣に登るは堀切に下りるわ3次元で自由自在に動き回っていて、後半はケイさんと私もそれについてコケながら遺構を見てゆく感じ。
トゲのある木を持って「この木は危ないです!気をつけてください!」とわざわざ木を待っていてくださる優しい権さん。気遣われても、その木に刺さってゆく私。
 空堀も石垣も本当に巨大だ。前回は気づかなかったが、空堀の規模がすごすぎる。

 お昼になった。角度フェチの羅さんは石垣の角度に没頭して姿が見えなくなり、はぐれたままだったけど、城に放置してみんなで商店街に出て海鮮料理(ヘムルタンとか言ってた気がする)を食べた。
しばらくして羅さんもご来店。

 食後は急遽、摂津守さんの発案でなぜか九州(の弱小)大名たちが築城した林浪浦倭城を見学した。
もう二度と来ることはないだろうと思った規模の城なのに、またここに登ることになろうとは__。前回訪問した時は火事があったとかで城跡が黒焦げだったが、今回はその黒こげ具合がパワーアップして、木々は炭になって乱立して残っていた。また燃えたんかいΣ(゜□゜;!!!!

 さらに黒田長政の機張倭城へ。
ここは本腰入れて見学した。ここでも羅さんが角度を計りまくる。
広大な倭城の敷地内にある住人のお宅の中にまで入れてもらってまでして石垣を見た。韓国人同行だったからこそ、「中に入れてください。」と、そういう事もできる、心強い。

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機張倭城の遺構のひとつ
トタンワンコつき

 そして、ついには本丸のひとつ向こうの丘陵地帯の薮の中に突入。

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機張倭城の遺構の続きがこの先に

なぜ、ここまでしなくちゃいけないのか…と、思っていたが、薮の奥深いところにも見事な石垣が連なっているのを見て、なんと特異で貴重なものに遭遇できたんだと嬉しく思った。
この場所は縄張り図にもちゃんと書きこんであるけど、きっと人類未踏の石垣ではないだろうか。
ちなみにその足場は、自分達も斜めになって海老反りで石垣を見なくちゃいけないほどに悪かったけど、そういう場所でNさんが「この反り、加藤清正の石垣だ!」と突如、発言。そうか、やっぱり角度って大事なんだね。
見れば美しい反りの石垣。ここは黒田長政の城だということだったが、後から摂津守さんに聴けば、機張倭城の在番が加藤清正の時期もあったらしい。清正作の可能性もあるのだろうか。

…そしてそんな藪の中を満喫して出てきた頃は、赤土のぬかるみを歩いたウォーキングシューズが泥だらけで、シークレットシューズみたいになっている。
このまま車に乗ると車内が悲惨なことにもなる、駐車場に座りこんでみんなでけなげに赤土をこそぎ取った。
 
 ついでに朝鮮側の城・機張邑城にも案内してもらえば、ここも赤土のぬかるみで、せっかく先程きれいにした靴にまた赤土がどっさりとくっついてきて、足がかなーり重くなる。
邑城を見学した後は日韓共同でコンクリに赤土をグリグリとなすりつけて靴の汚れを落としていたよ。

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 機張邑城の石積み
地震大国日本と違って垂直に積んでも大丈夫みたい。

一日大いに歩きまわった後は釜山に戻って宿に入り駅の近くで食事となるが、辛いもの、刺激物の食べ過ぎで胃が悲鳴をあげ、体調が悪くなっていた、我。
せっかくの参鶏湯を目の前にしながら…ほとんど口にできず…ばたっ。

 夜は反省会という名の飲み会だった。
Nさんから縄張図作成に関する話のアレコレを聴くことができて面白かった。やっぱ「これを城の遺構とみなして描きこむかどうか~。でも、こんなとこにあるのはおかしいんだよな~。」とか悩まれることもあるようで、例えをあげつつ話してもらえて興味深い。

発熱したっぽい私は先においとまして、ベッドでばたっ。

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