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周囲に「昨日はどうして休んだの?」と、昨日の休みを心配されたのに理由を話すと笑われる。
「いや、そこ、笑うとこじゃないから。」と、言うも
「普通の人には起こらないようなことが起こるところが、なんかすごい。」
私はあの時扉を開けたら、包丁を握っていたかも知れないおばちゃんに刺されていたかも知れず(推定)、死んでいたかも知れないのに(推定)。
私はあの時扉を開けたら、バラの花束を握っていたかも知れないおばちゃんに求婚されたかも知れず(推定)、死んでいたかも知れないのに(推定)。
私はあの時扉を開けたら、信長の着物の片袖を握っていたかも知れないおばちゃんに信長の討ち死にを告げられ(推定)、死んでいたかも知れないのに(推定)。
変な人が家を攻撃してきたのは、これが初めてではない。少なくとも過去には見知らぬタスマニア人が来て家の前で大暴れして隣の家に頭突きして血まみれになってケロ吐いて警察が来た。
家出少年が我が家の玄関前の空間に住みつき靴下や食料が並べられた。それを管理会社に相談したら「ウチには関係ないのでご自分で対処してください。」とのことで通報しようとしたら来なくなった。
とりあえず、もっとセキュリティーがしっかりして、変な人がやってくると鉄砲隊が応戦してくれる家に引っ越しすることにする。引っ越ししようと思い続けていたけど、もう、こうなってはきっちり引っ越ししよう。
森家の資料庫部屋がつくれる家に行くんだ。Phoneに引っ越しガイドアプリを入れた。
恐怖による変な緊張もあったのか朝が来ると起き上がるのがしんどいし、何より自分がグッタリしているのがよく判る。ちょうど仕事も一番少ない時期なので、ロマンスの神様も赦してくださると思い、あっさりと会社を休んだ。
で、会社に電話してココアを飲むとようやく眠くなって夕方6時までそのまま眠っていた。
すごい贅沢に有給を使ったものだ…(._.;)
夕方、関家メールを書いていたら国立国会図書館の近代デジタルライブラリーサイトで徳川家の記録『徳川実紀』が読める事を知り、夜中までずっと夢中になって森家記事を拾っていた。
森長可について『森は鬼武蔵とよばれし血気の猛将。』と書かれているのを目にしただけで目頭が熱くなる。『そうだとも!』と言いたくなる。→コレ
誰の目から見ても、長可は熱かったんだ。強かったんだ。(^-^)
おかげで、森家を追っかけている間はずっと昨夜の怖い出来事を思い出さずにすんだ。
でも、文字に起こす作業をしすぎて、か…肩が痛い…。
真夜中に、ドン!ドン!と、玄関の扉を叩かれた。
しつこいので「何ですか?!」と扉越しに怒り声を出すと「あ。家を間違えました。」との事。
なんだよ~びっくりするじゃないか(´Д` )と、そのまま部屋に戻っていると、今度はピンポンの大連打で「お金を払うから開けてください。あなたの携帯を貸して。困ってるのよ!」と言われた。
無視していると、さらにすさまじくピンポンを鳴らして扉を叩いてくる。姿は確認していないが、敵は50歳くらいの女性とみえた。
その女性は「困ってるんだけど!」とだんだん声を荒げてくる。困ってるのはこっちも同じである。私もいい加減頭に来て「今、夜中ですよ!
」と叫んだが、まるで聞いちゃいない。
相手は扉を開けようとドアノブをガチャガチャして試みてくるので、こっちもだんだん血の気が引いてきた。鍵も閉めてるし、チェーンしてるけど、何だかガチャガチャされると偶然に開いてしまうんじゃないかと恐ろしくなってしまった。
警察に電話すべきか、でも、私はシルクパジャマ姿だし…と、迷っているうちに、扉の向こうの相手はターゲットを変更してお隣さんにピンポンし始めた。お隣に撃退されてまた我が家をピンポン攻撃。
ああ、やはりこの都会で生き抜くには、鉄砲隊が必要だわ…。
その後、女性は我が家を含む棟内の全世帯の扉が開かないかどうかガチャガチャとチェックして回ったようだが、戸締りしていない家があったらしく禁断の扉を開け、結局、警察にお持ち帰りされたようだ(たぶん)。
都会怖い。。・゜・(ノД`)・゜・。
知人が「戸城山城跡に行きたい。」ということで私の車で一緒に行くついでに、他にも知人の要望の田川市や京都郡方面の城をいくつか回ってきた。福岡県のお城は森家も関係あったりするミラクル(秀吉の九州征伐にくっついてきたので)がたまにあるので、何事も関心をもってかからねばならない。
今日のお城めぐり:鎮西原城→大善寺城→戸城山城→小倉山城(岩熊城)
まず寄った鎮西原城は、鎮西八郎為朝の居館という伝承がある場所で、森度が0%に近い。ここは田川農林高校の敷地となっていて、さらにその田川農林高校は廃校になっていて、スコーピオングランドという看板が立っていた。スコーピオン…(゜.゜)…。
次の訪問先の大善寺城は菊池氏関係だった気がするけど、詳細忘れた。その前に遺構が消滅して何もなかった。石碑もないので住宅地を散歩したのみ。(^_^;)
今日のメインの戸城山城。ここは、数年前に私は一人で登ったことがある。この城は菊池氏関係の古くからのお城だけど、豊臣秀吉の九州征伐もからんでいる。で、文献を読んでなぞ解きをしていた時に森家も関係あるかも知れないと思って登った遠い夏(結論まだだけど。)その時は草を踏むとそこからヘビが4,5匹出てきたので、下手すれば足をクルクルカプーーーーッ(噛)!!!とやられるんじゃないかと恐怖で退散した城跡だ。
2度目の戸城山城を見ると、遺構に至る登山のあまりにも急な勾配にびっくり。以前はよくこんなとこ一人で登ったもんだと不思議に思った。
今日の戸城山城は雪がまだ残っている状態だったのでヘビの心配はなし。やつらは皆、土の中である。
城跡は草も刈ってもらってキレイになっていた。遺構が見やすくてなにより。(^_^;)
前回はまるで目にしていなかった畝状竪堀群のある斜面を下りていけば、とってもウネウネしてた。
しかし!
ど~んなに どんなに~写しても~♪(゜O゜)
目で見たままの凸凹の画像にできない~♪
最後は、小倉山城。またの名を岩熊城というとか。菊池武光の軍が立て籠ったという城だけど…実際に行ってみると広大な平地の中にポッコリ飛び出した小ぶりの丘な感じで、丘の内容は丸い三段くらいになってる城跡。私をして「こんなとこ、籠りたくない!」と思わせる孤立した城であった。
竹林と化していたこの城跡は石碑もなく、登り道がよくわからず、私が右手ギブスということもあって知人が「一人で行ってくるから。」と言って猿のように薮のガケに消えた。待っているだけじゃつまんないので帰ろうかなと思っていたところ、視界の端っこに私にも登れそうな勾配の場所発見!Σ(゜□゜
倒木をまたいだり、竹をくぐったりしてズンズン登ってみた。iPhoneで音楽を流しながら。
知人が、私を探し当ててガケから登場。登ってきたばかりの主郭らしきところに連れて行ってくれた。
土塁?と思われるものがちょっこし残っていた。
◆小倉山城
「アバナガマ~ポ♪」と姫神の『神々の歌』をPCでYouTubeから聴いていると、関連動画というのが右横に色々と出てくる。そこからめぐりめぐって縄文文化→アイヌのカムイユカラページまで移動し、切ない犬の話に「いわかほれ~♪」と泣いていたのだが、そうして関連動画をさまようことしばし、気づけば[閲覧注意]の天安門事件の殺戮動画(リンク貼りません)を見ていた。
自転車ごと戦車に轢き殺されてペチャンコのミンチになって原型をとどめない人間など、目を覆いたくなるような画像が紹介されていて、想像以上の事件の悲惨さにゾッとした。それからまた天安門事件の詳細を海外のサイトで調べたりして、ちょっとお手洗いに立つと、「うぉおお!」という悲鳴が聞こえてきた。Σ(゜□゜;
こっちは悲惨でグロッキーな写真を凝視して神経が異様に高ぶっていたので心臓飛び出るくらいに驚いて、震えあがって部屋に戻った。PCから声がしたのか?それとも現実の外?わからない。わからないけど、とにかく恐ろしい。
とりあえず、PCの電源を切ってもう寝ようとしたら今度は『ズゴーーー!!!』とお手洗いから音がして心臓がさらに吹っ飛んだ。Σ(0□0;
見てみれば洗面所の蛇口が全開になってすごい勢いで水がでている。私の閉め忘れなのだろうか、でも、ここまで全開にすることなどありえない。…もう何もかもわからない。とにかく布団に入ってiPhoneで「アバナガマ~ポ♪」を流して眠りにつかんと努める。
しばらくするとパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。
。・゜・(ノД`)・゜・。