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知人と、知人の旦那になる人両名の参加を得て、みんなでスペイン料理のお店に行った。
お安いのに、とってもおいしい料理。赤ワインを飲んだり、白ワインに赤ワインをつっこんでロゼにして飲んだりしつつ、物珍しい料理の数々を楽しむ。
別のスペイン料理店で食べた『沸騰させたオリーブオイルの海でたくさんのマッシュルームがシュワシュワと浮いているやつ(料理名を知らないの)』がこの店でもでないかと勝手に楽しみにしていたけど、果たして出てきたのはオリーブオイルにたくさんの海老が沈んでいるやつ。海老ちゃんか…。
しかし、皿にもられてきたホカホカのパンにそのオリーブオイルをつけて食べると、これがうまいうまい!(^O^)
パンのおかわりは自由なので、みんな調子こいてお皿を何杯もおかわりしてたら、そのあとに過激にでっかいフライパンにパエリアが入ってドーン!やってきて「お腹いっぱいなのに…」と、激しく後悔する罠。
ひたすら満腹になって、次は二次会会場へ。
結婚するその知人と2人で話しながら歩いていたら、見知らぬ男の人2人が寄ってきて「どっか行かない?」と声をかけてきた。どっかと言われても、私は津山城とか、可成寺とか梨野峠でないと行かない訳だが、アルコールが入っていたせいで、知人をガッチリつかんで「この子、こんど結婚式あげるんですよ~
旦那も後ろにいます~。
」とハイテンションで言うと、その2人は「わー!おめでとう!!おめでとう!」と祝福してくれつつ、すみやかにどっかに消えた。 その後、知人とその旦那が路上で喧嘩をしてどっかに消えた。結局、二次会は主賓ヌキのメンバーでやり、黒烏龍茶を飲んで帰る。
今は、家に籠っていろいろとやりたいことがいっぱいある。森家のこととか、森家のこととか。
今の状況はこうありたいという自分に追いつけないのがもどかしい。仕事が忙しくないうちの今日がお休みをもらう最大のチャンスだったのに(欠勤扱いになるけど)逃してしまった!真面目に出勤してしまった! 一旦どこかで仕切り直ししたいのだけど、また今日もこういうことだ。
会社に行っても今日は大した仕事もなく、机の引き出しを掘り起こして、廃棄可能の書類を見つけた半日丸ごとシュレッダーをかけていた。
仕事帰りにはご祝儀袋を買いに街にでたが、そのまま、とんこつラーメンを食べる。
帰宅したら帰宅したで自家製ハムを作る。1000円くらいしそうなハムが300円もしない胸肉でできるので嬉しく、これで作るのは3度目。
いつもはバジルをいれるけど、今回は実家に生えていた(母親によれば)ローズマリーなる葉っぱをハム肉に巻きこんでゆでてみた。
松葉のように丈夫で細い葉だけど、これは本当にローズマリーということで大丈夫だろうか。とりあえず、ハムは防水加工をしてお湯で煮込んで朝までゆっくりお湯の中。
Σ(゜□゜;そして、また、やりたいことができなかった!
やっぱり車を運転して旅行から帰ってきた後は疲れて気だるいし、朝起きた時には寝足りない。
それでも会社には行った。
仕事中にほんとに寝てしまうかと思ったが、というか寝ていた。
幸いに今日は業務もまだ忙しくはなく残業はせずに帰途につけた。で、帰りにスーパーで買い物をしていたら明太子山盛り1パック1000円セールをやっていたので思わずフラフラと足がむかってこの赤いダイナマイトを買ってしまった…。
これで、当分は米さえ炊けば幸せな食生活が送れる。
先週の食生活といえば重かった。
火曜日に会社の同僚が「お好み焼きが食べたい!」と言ってテイクアウトのお好み焼きを買ってきたのをみて自分も食べたくなり、水曜日にお好み焼きを自宅で作ったら間違って粉をボウルに倍量入れてしまい、やむなく他の材料も倍増にしたらとんでもない量になり、水曜日も木曜日も金曜日もお好み焼きを食べ続け、しかもその翌日には広島で本場のお好み焼きをたくさん食べた。
けぷー。(゜3゜)=3
そんな今の私はシンプルに明太子onごはんがよかとです。(゜e゜)
朝、一緒に来た知人は仕事。その間に私はのうのうと市内観光だ。
まずは、ただ100名城スタンプをもらうためだけに広島城へ行った。
人生で3度目くらいの広島城。
城主の福島正則が改易になった時に、森忠政も接収しに来たというよしみで、広島城は立派な森家史跡ではある。
スタンプを押して広島城を脱出。広島市中央図書館で企画展 「描かれた古城 -浅野文庫所蔵『諸国古城之図』総覧展-」があってるのを知り、そっちへ行ってみる。
その後は当初から予定に入れていた広島県立美術館で特別展『愛のヴィクトリアン・ジュエリー展―華麗なる英国のライフスタイル―』を鑑賞。自分には一生縁がないランクのジュエリーの数々に目をキラキラさせてしまった。
一連の社会科見学を終え、「そろそろお腹がすいてきたのでお昼ごはんを。」と思うのに、駐車場のある店を見つけきれずに断念。コンビニもたくさんあるのに駐車場がまったくない罠。
広島城から美術館までの見学時間にかなりの駐車場代がかかったので、もう、意地でも今日は有料駐車場には車を停めたくないのだ。
『そっちがその気なら、私はもう昼ヌキでいいや!』と、車でそのままま比治山公園に登った。山の上の駐車場なら駐車代もタダであった。だが、食事する場所が徒歩圏内にないのでやはり昼ヌキの事実は変わらない。
ところで私の母方の祖父は戦時中にこの広島の比治山の部隊にいた。
東京で開催されるガスマスク研修に祖父が行かされて、原爆の難を逃れている。
それがなくば私もこの世に生まれていなかったのだから、ガスマスク研修に感謝せねばならない。
祖父が研修者に選ばれた時に「東京は空襲がたくさんあるというから死ぬかも知れない。」と言っていたら、隊長さんから「いいことあるさ。」と励まされたらしい。
原爆で祖父の部隊は全滅。祖父を励ました隊長さんも、この比治山で亡くなられている。
祖父が生前繰り返し語っていたこの比治山と隊長さんとガスマスク研修の話。そんな祖父の思い出の詰まった比治山には、まんが図書館があったので入っていってなんとなく昔懐かしい『炎のアルペンローゼ』を読んでいたけど、いい時間になっても知人の連絡がこない。唯一の連絡手段のiPhoneを出して見れば「圏外」になっているので、これはマズイ!と慌てて比治山を降りた。Σ(゜□゜;
知人とも連絡がついて、まだ30分くらい自由になる時間があるとわかり、『敵は本能寺にあり!』とか明智光秀に言わせたことで有名な頼山陽に関する資料を展示する頼山陽史跡資料館へ行ってみる。
ガラス張りの入口の扉を除けば、エントランスにはぎっしりと椅子が並べられてギャラリーぎゅうぎゅうで琵琶講座があっており、どう見ても入りこめないので私はそのまま踵を返して出ていくと、資料館の人が「入ってもいいんですよー。今日は、山陽先生の好きな平家物語の琵琶の講座があってるんですけど、入っていんですよ。」と追ってきてくだすった。そして、でっかい植木鉢をまたいで無理矢理に扉を抜け、展示室に案内される。
頼山陽史跡資料館
その後、無事に知人と合流して、知人の要望で、安芸郡府中町にある村山聖・棋士9段のお墓参りに行った。
とはいえど、夕方にさしかかり車で山道を登っているうちにさらに暗くなってゆくので焦る。
で、ようやく山頂近くの墓苑に到着したものの、敷地が広く、段々畑のような場所ごとにたいへんな数の墓が並んでいて、どこに村山くんのお墓があるのかわからない。ちょ!!!ウォリーを探せレベルじゃないのか!!
Σ(゜□゜;
知人と手分けして村山家のお墓を探す。そうしている間にも夜のとばりがおりて真っ暗になってゆく。こんなピンチは長宗我部信親の墓探し以来じゃないか!しかも今度は形で区別のつきにくい現代墓。
一通り墓を見て回ってもわからず、2週目にして知人がお墓を見つけ出した。村山家のお墓には脇に、将棋の形をした石があった。
完全に夜の墓場でiPhoneの光でお墓参りとなったが…なんとか見つけられてよかった。
そんな広島での夜。
土日に車で山口と広島に行ってきた。
徳島港でフェリーに乗り換えて山口県周南市の大津島へ行く。
『ようこそ回天の島 大津島へ』の看板だけでもう目頭が熱くなってきた。
太平洋戦争末期の人間魚雷・回天。
確実に敵艦に命中させるために爆薬とともに操縦者として若者が乗りんでいった片道切符の特攻兵器。
その回天の基地がおかれたのがこの大津島。
回天だ!
実物の大きさをこの目で何度見ても、とても人間がこの中に入れるとは信じがたい細さ。しかも、外から入口を閉じられた後は自力の脱出は不可能。海中で発射されれば、敵艦に当たろうが当たるまいが、もう二度と外の世界に出る事はできない。
こんな人権なんてあったもんじゃない片道切符の武器を作りださねばならなかったほどに日本の戦況は悪化していたのだ…。
回天記念館を見学したあと、回天を発射試験場へ運んだトンネルを歩いていった。
かつて回天を運搬した時に利用したトロッコのレールをふさいだコンクリの跡が2本、長いトンネルの終わりまでずっと続いていた。
トンネルの中を緊張して歩いていたら、突然にセンサーが働いて大音響で流れはじめる解説。びっくりするじゃないか!!!Σ(T□T;
しかも、トンネル内では音が反響しすぎて解説が何て言っているのかわからない罠。
↓回天発射訓練基地跡。ここで平和に釣りをしていた人もいた。
クラゲが魚に食いちぎられていた。平和だ。
この細い穴に回天をおろして発射させたわけなのか…(違ったらすみません)。
回天の細さには充分な大きさなのかもしれないけど、狭すぎて胸がしめつけられる。そしてその狭い空間の中で、波がゆらゆら、碧の水の中で魚たちがたゆたっていた。
戦争はいけない。
でも、祖国を守りたい一心で回天に搭乗した若者たちの「自己犠牲」の精神は、戦争の賛否とか、そういうものを超越して純粋で崇高なものに感じられる。
あとは魚雷整備工場跡に残る建物を見学して、大津島をあとにした。
早起きして疲れていたため、気づけば高速艇のほこりっぽいカーテンに顔をうずめて眠ってしまっていた。
それからまたドライブして人生で3度目くらいの岩国城へ。
なんで関ケ原も終わってんのに、時代の流れに逆らうように山の上に城を築いたんだ、吉川家。
錦帯橋方面からでも見えるように、今は本物の天守台とは違う位置に、うそこ天守閣が建っている。
うそこ天守閣↓
これがモノホンの天守台。↓
城内を散策したが、A型の私にはちょっこし堪えがたい石垣が散見される。これは何なのだ。だめだ、粗野だ。ガチャガチャで美しくない。
でも、岩国城の空堀はでかぁいいい!!!