近況報告
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前日の日記からの続き
夜中の3時すぎにようやく陣痛室から分娩室に移ることができて、助産師さん達に
「いよいよ本番ですよ〜。」
と、みんなににっこり笑われてたけど、もはや陣痛も本能寺で「そぉれ!」と意識のあるまま八つ裂きにされるような痛みの中にあり、
『まだまだ続くのか』
という信じられない思いが勝ってしまう。
立ち会い出産しない夫とはここでお別れ。夫は隣の陣痛室で待ち、私は分娩室で最後の闘い。
最終段階では、もう私は全身汗だるまになっていたものの、自分の姿がどうなっていようと、衣服が乱れていようと構っていられなかった。
陣痛の波がくるたびに、全身に電気が走ってビーン!とエビ反り!
ビーン!とエビ反り!
朝5時ごろにようやく
「頭が出てきましたよ!あとひと息ですよ!いきんで!」
と、言われてやっと長い闘いが終わると思ったら、それから2時間いきみ続けてもどうしても赤ちゃんの頭から先が出てこない。
なんか、それで医者が様子を見に来た。
そして私の分娩姿勢を横向きに変えてみようということで、助産師さんの肩に片足を担がれた横向きの状態でいきまされた。
その時である。
2名まで収容可能な分娩室にもう1人妊婦さんがやってきた。
子供のような声の妊婦さんはカーテン越しのベッドの上で
「痛い!」「もう嫌!痛過ぎる!」「うえ〜ん!」
と、好き放題に叫び散らして10分で赤ちゃんをスポーン!と産んだ。分娩室にオギャーの泣き声が響く。
応援スタッフ追加で頑張っていた我が陣営も、全員が一瞬で「え?」と、なり、時が止まった。
当時、外で待機していた夫も、やっと我が子が生まれたと、思ってしまったらしい。でも、私はまだまだ頑張り続けねばならなかった。
最後のほうは私も力尽きて意識が飛びそうになり、やっと我が子がどうにか出てきて産声をあげた時には夢か現か分からないくらいになってしまっていた。視界が紫だったし。
そんな私に
「お腹ぺったんこになっちゃいましたよ、うききさん〜!」
と、私のお腹モチを手袋はめた手でペタンコペタンコしている助産師さんが1人いたことだけは覚えている。
産湯を済ませた後の我が子を胸元につれてこられて、この腕で抱っこして、本当に生まれたんだと認識。
やっと、やっと、終わった…。
と、思ったら、赤ちゃんを連れていかれて、
「さあ、今から後産ですよ。」
とのこと。
個人的にはこの後にされたいろんな事のほうが強烈に痛くてしんどかったし、医者たちが次から次へと応援を頼んで何人もかけつけてきて怖くなった。
すべての処置が終わり、ようやく夫と赤ちゃんと三人で過ごせた。
はや本能でお乳を求めてくる赤ちゃんに感激して泣けてきた。頑張ってこの乱世を生き抜いて欲しい。
朝には実両親と義理両親もかけつけてきて、みんなで赤ちゃんの誕生を喜んだ。
私をお母さんにしてくれたのは、3,090グラムの男の子。
これからずっとこの子と一緒にいられると思うと、嬉しさがいっぱいこみあげてくる。
夜中の3時すぎにようやく陣痛室から分娩室に移ることができて、助産師さん達に
「いよいよ本番ですよ〜。」
と、みんなににっこり笑われてたけど、もはや陣痛も本能寺で「そぉれ!」と意識のあるまま八つ裂きにされるような痛みの中にあり、
『まだまだ続くのか』
という信じられない思いが勝ってしまう。
立ち会い出産しない夫とはここでお別れ。夫は隣の陣痛室で待ち、私は分娩室で最後の闘い。
最終段階では、もう私は全身汗だるまになっていたものの、自分の姿がどうなっていようと、衣服が乱れていようと構っていられなかった。
陣痛の波がくるたびに、全身に電気が走ってビーン!とエビ反り!
ビーン!とエビ反り!
朝5時ごろにようやく
「頭が出てきましたよ!あとひと息ですよ!いきんで!」
と、言われてやっと長い闘いが終わると思ったら、それから2時間いきみ続けてもどうしても赤ちゃんの頭から先が出てこない。
なんか、それで医者が様子を見に来た。
そして私の分娩姿勢を横向きに変えてみようということで、助産師さんの肩に片足を担がれた横向きの状態でいきまされた。
その時である。
2名まで収容可能な分娩室にもう1人妊婦さんがやってきた。
子供のような声の妊婦さんはカーテン越しのベッドの上で
「痛い!」「もう嫌!痛過ぎる!」「うえ〜ん!」
と、好き放題に叫び散らして10分で赤ちゃんをスポーン!と産んだ。分娩室にオギャーの泣き声が響く。
応援スタッフ追加で頑張っていた我が陣営も、全員が一瞬で「え?」と、なり、時が止まった。
当時、外で待機していた夫も、やっと我が子が生まれたと、思ってしまったらしい。でも、私はまだまだ頑張り続けねばならなかった。
最後のほうは私も力尽きて意識が飛びそうになり、やっと我が子がどうにか出てきて産声をあげた時には夢か現か分からないくらいになってしまっていた。視界が紫だったし。
そんな私に
「お腹ぺったんこになっちゃいましたよ、うききさん〜!」
と、私のお腹モチを手袋はめた手でペタンコペタンコしている助産師さんが1人いたことだけは覚えている。
産湯を済ませた後の我が子を胸元につれてこられて、この腕で抱っこして、本当に生まれたんだと認識。
やっと、やっと、終わった…。
と、思ったら、赤ちゃんを連れていかれて、
「さあ、今から後産ですよ。」
とのこと。
個人的にはこの後にされたいろんな事のほうが強烈に痛くてしんどかったし、医者たちが次から次へと応援を頼んで何人もかけつけてきて怖くなった。
すべての処置が終わり、ようやく夫と赤ちゃんと三人で過ごせた。
はや本能でお乳を求めてくる赤ちゃんに感激して泣けてきた。頑張ってこの乱世を生き抜いて欲しい。
朝には実両親と義理両親もかけつけてきて、みんなで赤ちゃんの誕生を喜んだ。
私をお母さんにしてくれたのは、3,090グラムの男の子。
これからずっとこの子と一緒にいられると思うと、嬉しさがいっぱいこみあげてくる。
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