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年に一度の森蘭丸の供養祭。
この日は全国各地から森蘭丸好きさんたちが森家の故郷の兼山に集まる。そして森家菩提寺の可成寺で催される法要に立ち会うのだ。
ここでは誰にも「森家って誰?何?」という顔をされずに森家を語れる。森家を語って当然な世界なのだ。それは何という幸いなのだろうか。顔なじみさん達、初めて挨拶を交わす方、色々な方とお話できて楽しかった。しかも、今回、金山城の発掘品を手にとることができてことさらに感激した。足みたいのを、足みたいな焼き物に触った!
すり鉢のカケラにも触った!森家のためにグゥリグゥリされたすり鉢に!!(^O^)
供養祭が終わってから、数名で明智光秀の関係史跡に行ってしまった。
同じ可児市内にある日本一大きな明智光秀の位牌のある天龍寺とそのそばに偶然あった明智城跡へ。
なお、位牌の大きさが日本一なのか、数ある明智光秀の位牌の中でも大きさが日本一の位牌なのか、そこのところは分からないのであり、天竜寺の前には2階ほどの高さのあるキッコロとモリゾーの巨大なパネルがあったのであり、日本一の位牌は平成になって作成されたものだとのこと。
目に入ったので明智城に寄ってみれば、登りつめた山頂には城の遺構を感じさせるものは何もないのに「本丸跡」「二の丸跡」の石碑などは乱立していた。
明智…なんだかモヤッとしたまま城跡を下山した。下山途中の道しるべはおかしな方角を示してあったので、私一人で行ったなら必ずそれに導かれて道を間違えて「みつひではやっぱり嫌だぁあああ!」と叫んでいただろう。方向感覚のある人たちと一緒でよかった。
旅のラストは森長可が攻め落とした大森城跡に行った。土の城跡♪(^O^)
夕食は味噌煮込みうどん。