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近況報告
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本日の旅程(森家に関係あるものは太字)
前田家墓所祇陀寺(大智和尚)→金沢城→七尾城跡→阿尾城跡→瑞龍寺→高岡城→富山城→可児市内泊
 
 今日は森度が昨日よりあがる旅程なのでテンションもあがる!
 
 金沢市内のホテルに宿泊したので、目覚めればそこは金沢である。
でも、朝からあいにくの雨模様。

 まずは朝一番に前田利家や利家の奥方らの眠る野田山の前田家墓園にお墓参りをした。
予想外の神式の鳥居つき墓である。

DSCF1075.jpg
前田利家の陵墓
墓域が広くて玉垣の向こうは利家のためだけの墓域。

 引き続いては民家に紛れて迷いながらも祇陀寺(大智和尚)へ。
これは菊池家スキーでキクチニストなケイさんのリクエストによるもので、驚くべきことになんと森度がゼロである。
祇陀寺(のちに肥後へ行って菊池氏に保護を受ける大智和尚が開山)という寺院は、お寺の石碑は見つけたまではよかったが、本堂らしきものは普通の住宅っぽい外見の建物なので認識するまでに時間がかかり、仏像はシャッターつきのガレージのような感じになっていたのでしばらく仏像が安置されていることに気づかずにスルーしてしまっていた。お寺にはどなたもいらっしゃらないようなので、詳細は不明のまま。大智和尚のお墓を探すも見つからず、そもそもお墓があるのかもわからず、とりあえず私の「お手洗いに行きたい。」で祇陀寺を強制終了とあいなったのである。

 しとしと雨が降り続く中、続いては傘をさして金沢城を散策した。
北陸の空が全体的にワントーン暗い気がするのは、この雨のせいだけなのだろうか。
しかし、それとは対照的な金沢城の石垣のピンクぶりに目が覚めた。本当に石垣がピンクなのである。でも、その画像は掲載しない。
 城内の駐車場から城の中心部に向かう道から、金沢城の石垣が見事で目が釘付けになっていた。さすがは森家と知り合いだった前田利家の城である。
 広い城内を近道しようと石垣をよじ登ったが、先に登ったケイさんに「つかまって。」と差し出された手にすがろうとしたのに、いきなり手をひっこめてそっぽを向いて歩きだされ、私はそのまま濡れた石垣の草の上にグシャッと転倒。大人になってからこんな目に遭いたくなかった。

 金沢城の本丸は草むらというか、あまり保存状態がよくなくて残念な感じであった。更に眼下に恐ろしい現代的な横穴が無遠慮にあいていた。
それでも、空堀とかはすごくて前田家の力がよくわかった。
再建された金沢城菱櫓・五十間長屋・橋爪門櫓などの内部もお金を払って見学した。

ズザーッ!!⊂(゚ー゚,,⊂⌒`つ~≡≡≡

ができそうな内部であった。
DSCF1132.jpg DSCF1130.jpg
金沢城
天気が悪くてもったいない!!!
ちなみに有名な兼六園はパスした。
五十間長屋
戦闘時には兵士と武器でギュウギュウになるのだろうか。

 
雨じゃなければ、金沢城の画像も映えたであろうに残念。

 加賀百万石の金沢城主であった前田利家。
昔、若き前田利家が信長に出仕していた時に、針阿弥なる信長のお気に入りを斬ったことで織田信長に処分(コロス!)されそうになった時には、森可成と柴田勝家が割って入ってこれを制止し助けた。
利家が一時期不遇な状況下で織田家を離れて浪人生活を送って皆がそっぽを向いていた時も、可成や勝家は変わらぬ友情を示して利家の元に遊びに行ったりしたので、前田利家は森可成をべた褒めで回顧している(『亜相公御夜話』)。
 
それが、どうしてその後、戦国リレー後に森家と前田家と柴田家はこんな格差のある結果になったのだ。
 
 いつの間にか、百万石の前田家と、十九万石くらいの森家と、もう影も形もなくなった柴田家と。
世の中、つくづくわからないものなのである。
森家はやはり可成が途中で亡くなったのが大きい。織田信長が可成の恩に報いて充分に子供たちを保護してくれたが、それでも、可成がずっと生きていたのといなかったのとでは森家もまったく違ったものになっていただろう。
 江戸時代に入って、加賀前田家(前田利常の娘を徳川将軍家の養女とした上で)から森忠政の息子・忠広へのお輿入れもあったのだが、忠政存命中に、この前田家の娘も病没し、3年後には森忠広も亡くなってしまった。
せっかくの前田家&徳川家との喜ばしいご縁なのに、悲話を含む物語となってしまった。
 
 つづいて、七尾城を目指す。
七尾市に向かう車の車窓から見えるTHE日本海も、景色はよいのにお天気が曇りなので空も海もどんよりとして非常に残念だった。
 七尾城は100名城スタンプの城。麓の資料館でスタンプを押し、車で登れるとことまで七尾城に登った。歴史本などで目にはしていた「七尾城」の文字。実際にこの城まで来る日が来ようとは(しかも森家じゃない)。しかし、たいそう高い場所に感じるところにある山城で、もし、麓から足で登っていたら一日仕事になるところだった。

DSCF1149.jpg
七尾城の石垣

 その次に訪問したのは氷見市の阿尾城跡
これまたケイさんリクエストの菊池の城であり、前田利家と佐々成政のバトルに巻きこまれた城である。お魚で有名な氷見まで来たのに、そういう訳で真っ先に城跡の神社に登った。神社が総ハードプラスチック張りで囲ってなっているのが『神社が蒸れそうだ』と、気になりつつ、城をあとにする。が、車で走り去りつつ阿尾城跡を振り返ると、城跡は富山湾に面して、すごい断崖絶壁の立地なのである。
「わっ!すごっ!」という私の叫びΣ(゜□゜で急遽、路肩に車を停めて撮影会と化した。
再び車に乗って100mくらいすると道の駅があった。通過。
『狭い路肩に停めなくてもここに停めればゆっくり撮影できたのに…。』というオチだった。

DSCF1182.jpg
阿尾城跡
あおじょう。森家とは関係ないくせに絶景。

 せっかくお魚の美味しい氷見市にきたので、と、いいつつお昼ご飯はローソンでいくらこぼしおにぎり(北海道産いくら)を買おうとするが、売り切れていた。運が無い。地元のご馳走を口にせずに、それが自分の旅らしいといえばそれまでだが、なんで氷見に来て結局は肉まん食ってるのか。
そして思うに、さっきあった「道の駅」に寄ってたらもっと素敵なもん食べれたんじゃないのか!!!!
 
 その後はいよいよ私のリクエスト、高岡市の瑞龍寺に参拝した。
ここは前田家利長の菩提を弔うために建立され、前田利長、さらには前田利家、織田信長、信長室・正覚院、織田信忠の墓があるので、いつかは必ずに訪問したい場所だったのだ。
 瑞龍寺境内に入れば目に飛びこんでくる鮮やかな青い芝生とシンメトリーな美しい伽藍にうっとりする。
 さて、目的の織田信長のお墓参りをすれば、居並ぶお墓は、みんな建て売り住宅のような石廟のお墓になっているのだった。うう、こんなにも家の形をしていながら入口にチャイムがない…。
いや、たとえ信長公の石廟にチャイムがついていても畏れ多くて押せない!チャイムを押したらカブトムシ小姓とかが中から出てきて「上様に何か御用ですか?」と問うてそうな雰囲気だが押せない!
石廟の中を覗けば中には一基ずつ供養塔が建ち、日本人の癖であるのか小銭が散らしてある。

DSCF1227.jpg DSCF1226.jpg
瑞龍寺
シンメトリーな伽藍の美。

 
瑞龍寺の石廟
(利長の墓は画面に入りきれず。右から)前田利家・織田信長・正覚院信忠。
 

 すでにこの時点で夕方だったのでスケジュールが完全におしている。これでは最終目的地に着くのはいつもの如く夜になるぞと、焦って移動。
 次は、同じ高岡市内の高岡城(100名城スタンプの城)に行った。ここは広大で逆にちょっと歩いただけでは城としての造りがよくわからず、そのまま広場で走って土塁っぽいのに登ってみるに留まる。

DSCF1242.jpg
高岡城本丸跡
どうすればよいのか分からなくなる広大な本丸跡。
 最後は私のリクエストの富山城に向かうも、道中バケツをひっくり返すような大雨が降り、車の中にも雨を打ちつける強い音がポンポン反響する。

 富山城に到着した時には幸い、雨は傘をささずともよいくらいの小雨になっていたが、あたりは完全に夜と化していた。
 なお富山城は、かつて佐々成政が富山城主だった時代の天正13(1585)年に豊臣秀吉が佐々を征伐せんということで多くの武将とともに森忠政も出陣した。これが忠政の初陣である。
重要なのでもう一度書くと、これが忠政の初陣である。
 結局、佐々成政は剃髪して秀吉に降伏することになる。その後、彼は肥後に移封になったが、一揆が勃発してしまい秀吉に再び所領没収された上、摂津で切腹を命じられる運命となる。
その後の富山城は富山前田家の藩政の中心地として栄えてゆく。
 そういうことで富山城も森家関係史跡と呼んで差し支えないだろう。
 今回はタイムオーバーで富山城復興天守の中にはもう入れないので、城内にあるかも知れない森家資料の数々を見れないのは非常に無念だが、これは再訪の機会を狙うとして、とりあえずはライトアップされてお堀の水面にきらめく復興天守を眺めた。
富山ではお堀に泳ぐ魚も美味しいのだろうか(空腹)。
 
DSCF1258.jpg
富山城のライトアップ

ところで富山県のローソン率の高さは何?驚いた。
 
帰りの高速は、雨の夜道で、しかも運転する私は眠いという恐るべき状況下であり、さらに驚いたことには、360度霧がかって夢幻世界が広がっているところがあった。こりゃ、注意を怠るとまさしく死ぬるΣ(゜□゜;
沿道の緑のライトで描かれる線を頼りに霧の中を走る。

SAで食事をして、夜遅くにようやく可児市の常宿に到着した。天気が悪いと、慣れない場所での運転も怖いが無事に到着できて何より。
明日はいよいよ最終日。兼山での森家濃度100%の喜びに備えて就寝する。
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