近況報告
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ガラガラ、ゴーーーン!
なんか、朝からかなりの強風で、ベランダの分別ゴミ箱も被害にあって、ペットボトルがベランダ内で散乱。
あああ、私の味噌汁ペットボトルが転がってゆく~!
そんな明け方に夢を見た。
なんとスペシャルゲストに阿部寛さんが出てきたのである。
もう仕事を辞めている私なのに、そんな私に懸命に
「仕事を辞めたほうがいい。」
とマイルドな笑顔で薦めてくださる阿部さん。
よくわからないけど、阿部さんが薦めてくれるんなら、私は辞めて正解だったのだ!!!!
と、喜んでいる時に、味噌汁ペットボトルがベランダを駆け抜ける!!!
ところで以前(9月頃?)、観に行きたい言っていた阿部寛さん主演のお風呂映画『テルマエロマエ』。
肝心の上映期間にはちょうど私がゴタゴタしてしまったので、結局は見ることができずじまいだった。
でも、便利な世の中、先日から『テルマエロマエ』がケーブルTVのオンデマンド(有料:525円)でも見ることができるようになったというので、自宅を映画館と思い込んでコタツで寝転んで視聴した。
感想は言うまい。前半はすごく笑った。
よく考えれば今日は二度も阿部さんにお会いできたわけだ。
今日はなんだかよい一日になりそうな気がする(夜)。
阿部寛さんを見ているとやっぱり仲間由紀恵ちゃんとの組み合わせが見たくなる。
『TRICK』の続編作って欲しいなぁ。
なんか、朝からかなりの強風で、ベランダの分別ゴミ箱も被害にあって、ペットボトルがベランダ内で散乱。
あああ、私の味噌汁ペットボトルが転がってゆく~!
そんな明け方に夢を見た。
なんとスペシャルゲストに阿部寛さんが出てきたのである。
もう仕事を辞めている私なのに、そんな私に懸命に
「仕事を辞めたほうがいい。」
とマイルドな笑顔で薦めてくださる阿部さん。
よくわからないけど、阿部さんが薦めてくれるんなら、私は辞めて正解だったのだ!!!!
と、喜んでいる時に、味噌汁ペットボトルがベランダを駆け抜ける!!!
ところで以前(9月頃?)、観に行きたい言っていた阿部寛さん主演のお風呂映画『テルマエロマエ』。
肝心の上映期間にはちょうど私がゴタゴタしてしまったので、結局は見ることができずじまいだった。
でも、便利な世の中、先日から『テルマエロマエ』がケーブルTVのオンデマンド(有料:525円)でも見ることができるようになったというので、自宅を映画館と思い込んでコタツで寝転んで視聴した。
感想は言うまい。前半はすごく笑った。
よく考えれば今日は二度も阿部さんにお会いできたわけだ。
今日はなんだかよい一日になりそうな気がする(夜)。
阿部寛さんを見ているとやっぱり仲間由紀恵ちゃんとの組み合わせが見たくなる。
『TRICK』の続編作って欲しいなぁ。
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これからの平日の一日の自分の生き方の流れを決める事にした。
でないとダラダラとウミウシのように余生を過ごしてしまいそうだ。
午前:お買い物も含めて家事は午前中に済ませる。書籍の自炊も午前中に頑張る。
午後:自分に課したノルマが終わるまでは収入につながることをなんかする。夕食の準備に取りかかる時間には切り上げる。
夕食後:夢のモリモリターイム!!!
おお、『自分に課したノルマ』とか書くと非常にかっこいいけど、具体的に何だよそれ。
で、今日は以前から目星をつけていたクラウドソーシングサイトいくつかに登録を済ませ、さらにモチベーションを保てるようにこなした内容を金額にして表にまとめていけるようにした。
で、今日も文書作成の仕事に手をだした。
でも基本的に私は文書を書くのが遅い。
夢のモリモリタイムまで犠牲にして文書作成に没頭し、それでも今日も日給1,000円くらい。
時給1,000円になりたい。できれば分給1,000円希望。…び、秒給1,000円とかいう日がこないかな…(´Д` ;)
ああ、宝くじよ当たれ(結局こうなる)!
札束よ、天まで届け!
でないとダラダラとウミウシのように余生を過ごしてしまいそうだ。
午前:お買い物も含めて家事は午前中に済ませる。書籍の自炊も午前中に頑張る。
午後:自分に課したノルマが終わるまでは収入につながることをなんかする。夕食の準備に取りかかる時間には切り上げる。
夕食後:夢のモリモリターイム!!!
おお、『自分に課したノルマ』とか書くと非常にかっこいいけど、具体的に何だよそれ。
で、今日は以前から目星をつけていたクラウドソーシングサイトいくつかに登録を済ませ、さらにモチベーションを保てるようにこなした内容を金額にして表にまとめていけるようにした。
で、今日も文書作成の仕事に手をだした。
でも基本的に私は文書を書くのが遅い。
夢のモリモリタイムまで犠牲にして文書作成に没頭し、それでも今日も日給1,000円くらい。
時給1,000円になりたい。できれば分給1,000円希望。…び、秒給1,000円とかいう日がこないかな…(´Д` ;)
ああ、宝くじよ当たれ(結局こうなる)!
札束よ、天まで届け!
土日は久々にのびのびとした気分で、どす黒い雨の中、森家ストーキングをすることができた。(^O^)
土日の日記はまたしても後日書く事にするとして、ああ…今日も仕事に行かなくていいなんてス・テ・キ。
そして、土日に履きたくて楽天市場で購入したトレッキングソックスも、いまごろ届いて何よりデス。
私には、もう行く会社はない。
しかし、仕事はなくなっても、なんとか収入源を見つけたい。
世の中、金山城だからな。
もとい、世の中、金だからな。
そういことでPCに向かって今日からお金になる文書作成を頑張る予定だった。
が。
先日入れたばかりのアンチウィルスソフト『マカフィー』が恐ろしく重たくて私のプランを邪魔してくる。マカフィーはきっと、エヴァンゲリオンでいうところのパターン青『使徒』である。
メールを立ち上げるにも、サイトを開くにもすべてが重くて重くて時間がかかり、本当に辟易してしまう。
さらにしばらく放置していたら、マカフィーのせいでPCそのものがフリーズして動かなくなってしまって私の怒り爆発。PCから即刻マカフィーを削除することにした。
さようならだ、マカフィー。
でも、削除するのにまでマカフィーはやらかしてくれて、抵抗しまくってPC画面が動かなくなる始末。
鬼のように時が流れて、マカフィーごときに私の貴重な一日を振り回されるだけ振り回された。
マカフィーに別れを告げたあとは、泣く泣くフリーのアンチウィルスソフトを入れた。
夕食後からいよいよ文書作成作業を開始したけど、2時間くらいで就寝準備タイムを迎えてしまい、今日やりたかったことを実質2時間しかできなかった。
時給500円くらいの働きで、日給にすれば本日は1,000円か…。
こんな感じではいつになったら森長可の騎馬銅像を鋳造できるかもわからないけど、戻る会社はないんだ。自分で手段を講じるしかない。
土日の日記はまたしても後日書く事にするとして、ああ…今日も仕事に行かなくていいなんてス・テ・キ。
そして、土日に履きたくて楽天市場で購入したトレッキングソックスも、いまごろ届いて何よりデス。
私には、もう行く会社はない。
しかし、仕事はなくなっても、なんとか収入源を見つけたい。
世の中、金山城だからな。
もとい、世の中、金だからな。
そういことでPCに向かって今日からお金になる文書作成を頑張る予定だった。
が。
先日入れたばかりのアンチウィルスソフト『マカフィー』が恐ろしく重たくて私のプランを邪魔してくる。マカフィーはきっと、エヴァンゲリオンでいうところのパターン青『使徒』である。
メールを立ち上げるにも、サイトを開くにもすべてが重くて重くて時間がかかり、本当に辟易してしまう。
さらにしばらく放置していたら、マカフィーのせいでPCそのものがフリーズして動かなくなってしまって私の怒り爆発。PCから即刻マカフィーを削除することにした。
さようならだ、マカフィー。
でも、削除するのにまでマカフィーはやらかしてくれて、抵抗しまくってPC画面が動かなくなる始末。
鬼のように時が流れて、マカフィーごときに私の貴重な一日を振り回されるだけ振り回された。
マカフィーに別れを告げたあとは、泣く泣くフリーのアンチウィルスソフトを入れた。
夕食後からいよいよ文書作成作業を開始したけど、2時間くらいで就寝準備タイムを迎えてしまい、今日やりたかったことを実質2時間しかできなかった。
時給500円くらいの働きで、日給にすれば本日は1,000円か…。
こんな感じではいつになったら森長可の騎馬銅像を鋳造できるかもわからないけど、戻る会社はないんだ。自分で手段を講じるしかない。
せっかくの森家ストーキング旅行なのに、天気が雨で残念だ。
朝、夫とともに近江八幡の宿を出て彦根駅でお城仲間さんズ3名と合流し、車に乗せてもらう。
そして目指すは雲雀山。
『信長公記』曰く、
『(1570年、元亀元年)六月廿一日、浅井居城大谷(=小谷)へ取寄り、森三左衛門(可成)、坂井右近、斎藤新五、市橋九郎右衛門、佐藤六左衛門、塚本小大膳、不破河内、丸毛兵庫頭、雲雀山へ取上り町を焼き払ふ』
というので私の中で有名な雲雀山である。
浅井攻めで小谷城まで攻める時に信長は虎御前山に陣を張り、一方、森可成らは雲雀山の砦に登って、小谷の町をファイヤー!!!!


小雨の中、雲雀山に登ろうとするも登り道がわからずに地元のお年寄りに声をかけて教えてもらった。
しかし雲雀山に登ると申し上げているのに何度も「小谷のことじゃないの?」「小谷城はこっちじゃないよ。」と確認される。いえ、小谷城ではなく、我らは全員、雲雀山に登りたいのであります!!
登り口は公民館(ひばり山交流会館)横の道だと教わる。
そのお年寄りに
「猿が出るよ。」
と言われるが、万が一、猿が出たらバニャニャ戦法で戦うことにし、森可成も登った雲雀山へ元気に登った。
もしかすると山の中はそのまま藪になっているかとも思ったけど、山道もちゃんとあるし、もともと標高145 mの低山なので10分くらいで難なく登頂できた。(^O^)
しかし、山頂に「雲雀山古墳群」の石碑はあったけど、
「森可成も登った雲雀山砦」
の石碑やステキ看板は一切なし。
何をしているんだ教育委員会は。
山頂には砦らしい遺構のような、違うような、思い込みのような形状はあったけど、その形状が本当に砦の遺構かよく分からないし、森可成らがやってくる前には浅井氏がこの雲雀山に何か手を加えていただろうし、その前に古墳を造るのに古代人が手を加えていただろうし、その前に原始の地球がマグマの海だっただろうし…何が言いたいのかよくわからないが、とりあえずここに森可成がやってきたというだけでシビれておくことにした。
この低っくい雲雀山から、森可成は放火して燃え上がる町を眺めていたのかなぁと思うと胸が熱くなる。
しかし、雲雀山から見る小谷山(小谷山城があった山)は近すぎである。
思いっきり織田軍に横付けされてるのね。
「燃えろよ燃えろよ~♪」
「炎よ燃えろ~♪」
そんな歌を合唱しながら違う道から雲雀山をくだる。
下り坂で、低い木の上に何かがぶら下がっているのが視界に入ったのでふと見上げてみると、そこには信じられないものがいた。
逆さ吊りバンザイになったまま死んで半分ミイラ化している感じの猿
ぎゃあああああ!!!!
見てはいけないものを見てしまい(撮影してないので画像はありません)、女性陣は泣きながら下山。
ああ、戦国の世とは、げに恐ろしきものなり。
次の予定は小谷山城跡に行くはずなのであるが、この頃にはいっそう雨が激しくなり、
「車で待ってるから、君たち行っといで~。」
というお城仲間ズ。
私もこの雨の中の登山はだんだんと面倒くさくなってきて、小谷山城跡の見学はまたの機会に譲り、織田信長が陣を張った虎御前山の見学もまたの機会に譲り、しかしせっかく長浜に来たのだからと山本山城経由で車を走らせてもらった。
山本山城とは、
『上から読んでも山本山城、下から読んでも城山本山』
として私の中でおなじみのあの山本山城である。
阿閉氏の居城である。
森家はあんまし直接関係ないけど、山の形が二等辺三角形なので、登らずともそのシルエットをまた見たくなってきた(以前、姉川古戦場めぐりをした時に見ていたので)。
でも、実際の山本山を見たお城仲間に
「二等辺三角形というから、もっとトガっているかと思ったのに。」
と言われたが、山がそんなに鋭角すぎたら阿閉一族がみんな滑り落ちてしまうじゃないか。
お昼に長浜ちゃんぽんを食べた後は、屋根がある近隣の史跡ということで長浜城歴史博物館に寄ったけど、入館料を出したうえで気づいたのは、館内でやっていたのは画家の特別展だったという罠。絵画が並ぶ~。
ほかには、長浜城の石垣に本来使われていたという石を表で見た。
雨のせいでやる気がなく、どこに行きたいと希望する人もなく車を走らせていると、石田三成が城主だった佐和山城跡のそばにある「佐和山遊園 開館中」に遭遇。お城仲間さんズが「開いてる~!!!」と入っていったので、訳がわからないままついていった。
佐和山遊園の中には謎の建物や石像がいっぱい並んでいる。
石田三成のことはよく分からないが、総合分析するに、ここは石田三成ファンの理想郷なのだろう。
彦根の中心地の「たねや」でみんなでお茶して旅は終わり。
雨に邪魔されてしまったけど、念願の雲雀山に登れてよかった。
お城仲間さんズ、今回もおかげさまでよい旅でした。
どうもありがとうございました。
朝、夫とともに近江八幡の宿を出て彦根駅でお城仲間さんズ3名と合流し、車に乗せてもらう。
そして目指すは雲雀山。
『信長公記』曰く、
『(1570年、元亀元年)六月廿一日、浅井居城大谷(=小谷)へ取寄り、森三左衛門(可成)、坂井右近、斎藤新五、市橋九郎右衛門、佐藤六左衛門、塚本小大膳、不破河内、丸毛兵庫頭、雲雀山へ取上り町を焼き払ふ』
というので私の中で有名な雲雀山である。
浅井攻めで小谷城まで攻める時に信長は虎御前山に陣を張り、一方、森可成らは雲雀山の砦に登って、小谷の町をファイヤー!!!!



小雨の中、雲雀山に登ろうとするも登り道がわからずに地元のお年寄りに声をかけて教えてもらった。
しかし雲雀山に登ると申し上げているのに何度も「小谷のことじゃないの?」「小谷城はこっちじゃないよ。」と確認される。いえ、小谷城ではなく、我らは全員、雲雀山に登りたいのであります!!
登り口は公民館(ひばり山交流会館)横の道だと教わる。
そのお年寄りに
「猿が出るよ。」
と言われるが、万が一、猿が出たらバニャニャ戦法で戦うことにし、森可成も登った雲雀山へ元気に登った。
もしかすると山の中はそのまま藪になっているかとも思ったけど、山道もちゃんとあるし、もともと標高145 mの低山なので10分くらいで難なく登頂できた。(^O^)
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雲雀山 森可成も登った愛と野望の雲雀山 |
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雲雀山山頂 石碑には「雲雀山古墳群」 |
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雲雀山から浅井氏の小谷城をチラ見 |
しかし、山頂に「雲雀山古墳群」の石碑はあったけど、
「森可成も登った雲雀山砦」
の石碑やステキ看板は一切なし。
何をしているんだ教育委員会は。
山頂には砦らしい遺構のような、違うような、思い込みのような形状はあったけど、その形状が本当に砦の遺構かよく分からないし、森可成らがやってくる前には浅井氏がこの雲雀山に何か手を加えていただろうし、その前に古墳を造るのに古代人が手を加えていただろうし、その前に原始の地球がマグマの海だっただろうし…何が言いたいのかよくわからないが、とりあえずここに森可成がやってきたというだけでシビれておくことにした。
この低っくい雲雀山から、森可成は放火して燃え上がる町を眺めていたのかなぁと思うと胸が熱くなる。
しかし、雲雀山から見る小谷山(小谷山城があった山)は近すぎである。
思いっきり織田軍に横付けされてるのね。
「燃えろよ燃えろよ~♪」
「炎よ燃えろ~♪」
そんな歌を合唱しながら違う道から雲雀山をくだる。
下り坂で、低い木の上に何かがぶら下がっているのが視界に入ったのでふと見上げてみると、そこには信じられないものがいた。
逆さ吊りバンザイになったまま死んで半分ミイラ化している感じの猿
見てはいけないものを見てしまい(撮影してないので画像はありません)、女性陣は泣きながら下山。
ああ、戦国の世とは、げに恐ろしきものなり。
次の予定は小谷山城跡に行くはずなのであるが、この頃にはいっそう雨が激しくなり、
「車で待ってるから、君たち行っといで~。」
というお城仲間ズ。
私もこの雨の中の登山はだんだんと面倒くさくなってきて、小谷山城跡の見学はまたの機会に譲り、織田信長が陣を張った虎御前山の見学もまたの機会に譲り、しかしせっかく長浜に来たのだからと山本山城経由で車を走らせてもらった。
山本山城とは、
『上から読んでも山本山城、下から読んでも城山本山』
として私の中でおなじみのあの山本山城である。
阿閉氏の居城である。
森家はあんまし直接関係ないけど、山の形が二等辺三角形なので、登らずともそのシルエットをまた見たくなってきた(以前、姉川古戦場めぐりをした時に見ていたので)。
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山本山城跡のある山(画像の一番奥にある山) |
でも、実際の山本山を見たお城仲間に
「二等辺三角形というから、もっとトガっているかと思ったのに。」
と言われたが、山がそんなに鋭角すぎたら阿閉一族がみんな滑り落ちてしまうじゃないか。
お昼に長浜ちゃんぽんを食べた後は、屋根がある近隣の史跡ということで長浜城歴史博物館に寄ったけど、入館料を出したうえで気づいたのは、館内でやっていたのは画家の特別展だったという罠。絵画が並ぶ~。
ほかには、長浜城の石垣に本来使われていたという石を表で見た。
|
長浜城歴史資料館と今どき石垣 |
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長浜城跡 本来の長浜城石垣だった石もこの辺の整備でリサイクルされているらしい。 |
雨のせいでやる気がなく、どこに行きたいと希望する人もなく車を走らせていると、石田三成が城主だった佐和山城跡のそばにある「佐和山遊園 開館中」に遭遇。お城仲間さんズが「開いてる~!!!」と入っていったので、訳がわからないままついていった。
佐和山遊園の中には謎の建物や石像がいっぱい並んでいる。
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佐和山遊園 公益財団・佐和山三成会 |
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佐和山城 よかったよかった |
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石田三成創建の寺 瑞岳寺本堂(という想像) ピカピカ!! |
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佐和山城(という想像)と石田三成セメント像に女性像 佐和山城跡内は土の地面であり、三成像はセメントに銅像カラーを着色しており、で、この女誰よ?! |
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こんな顔 凹んでる。 |
石田三成のことはよく分からないが、総合分析するに、ここは石田三成ファンの理想郷なのだろう。
彦根の中心地の「たねや」でみんなでお茶して旅は終わり。
雨に邪魔されてしまったけど、念願の雲雀山に登れてよかった。
お城仲間さんズ、今回もおかげさまでよい旅でした。
どうもありがとうございました。
本日の旅程
京都駅→地下鉄(今出川駅下車)→仏陀寺→阿弥陀寺→JR京都駅→JR安土駅→安土城郭資料館→安土城天主「信長の館」→安土城考古博物館→安土城跡→JR安土駅→JR近江八幡駅→宿
夜行バスで金曜日夜に福岡を出発し、今朝、京都に到着した。
無事に仕事も辞めて、久々にモリモリできるのである。
今回の目的は
『森可成も登ったあの雲雀山に登ろう!』o(^▽^)o
である。
予定では本日は京都と安土をめぐって近江八幡で宿泊し、明日にはお城仲間ズと合流して一緒に雲雀山にのぼり、ついでに小谷城にも登ろうかと思う。
今朝は京都駅のロッカーにキャリーバッグを預けて地下鉄に乗り、今出川駅から歩いて仏陀寺への参拝することから始まった。
仏陀寺は森家に関係あるのかと以前から気になっていた事を確認したくてお参りしたのだけど、結果としてよくわからなかった。と、いうより関係がない気がしてきたので詳細を書かない。
偶然にも仏陀寺のご近所が織田信長と森蘭丸・坊丸・力丸のお墓のある阿弥陀寺だ。どちらも住所は「鶴山町」である。
久々に皆さんのお墓参りをしてきた。
すると小雨が降り始める。
京都駅に戻った頃には雨はあがったよし。
そしていざ、安土に移動しようとするのに、京都駅の中の どのロッカーに荷物を預けたのかわからなくなってロッカーを求めて小一時間ほど京都駅構内を徘徊した。
そんな、魔界都市・京都。
無事にキャリーバッグをコインロッカーから取り戻し、ようやく安土駅に移動した。
最初に訪問した安土城郭資料館には、動く縮小サイズ安土城天主があるほか、近年誕生せしゆるキャラの「らんまる君」たちのグッズがある。
紙で作るらんまる君の帽子なんかもあったけどこれは買わなかった。
バッヂや絵葉書など、大人のお買い物の範囲でらんまる君グッズを購入した。
ちなみに、購入したのは主にこれ。



その後はレンタサイクルで青空の下で安土をかけぬける。
買えばよかった、らんまるくん帽子♪
自宅でなら、なんとかかぶれる らんまる君帽子~チリン♪チリン♪
入館料惜しさにご無沙汰していた「信長の館」に久々に入ってみた。
安土城天主の5階と6階だけを原寸大に作ってみたシュールな館である。内装は豪華に金箔も貼って、品格を失わないキラキラ天主になっている。
むしろお目当てはこの天主よりもミュージアムグッズだった我。
天童市にある信長の肖像画のポストカードを購入した。
次に安土城考古博物館に入館した。
秋季特別展「信長×信玄 戦国のうねりの中で」を観る。
森度が低かったが、日頃目にするチャンスのない武田方の貴重資料がいくつか展示されていたので嬉しかった。
そのあとには、いよいよ安土城跡に登る。
お時間の都合で織田信長公本廟と天主跡まで一気に登ってしまった。
安土城跡で肺の空気を総入れ替えしていたその時である。
出張で別行動していた夫が、本日の合流地点の近江八幡駅にまもなく到着すると連絡してきた。
私も大慌てで近江八幡に向かうべく安土駅に戻る。
でも、安土の田んぼの中で必死に自転車をこいでいた時に、乗る予定の列車がプオーンと走り去るのを見てしまった。邪魔な建物がないので、列車が走り去るのが遠方からでも、すごくわかりやすいヨ!!
かくして1時間に2本しかない電車に乗り遅れてしまい、
『嗚呼。こんなことならもっとゆっくりと安土城にいればよかった。』
と切なくなった次第。
夫とは無事に近江八幡駅のホテルで合流。
夕食は大大大大奮発で近江牛の高級レストラン「ティファニー」に行ってみる。
恐れ多くもトレッキングシューズで入ってしまった。
そして、口の中でとろけるジュースィーな近江牛をコースでこれでもかと満喫した。
私の横で誰かが
「グラコロ グラコロ グラコロ グラコロ グラコロ!トントントン!グラコロ!トントントン!」
と歌っても、まったく気が散らないほどにジュースィーな近江牛に夢中になった
(いや、グラコロを歌ったりする人いないけどさ)。
そしてその夜。
高級メニューに慣れない私の胃が近江牛詰め合わがやってきたのに驚いたのか、胃がもたれてもたれて眠れないのであった…。
※RANMRU!サイトの旅行記にはもっと詳細を書きます。
京都駅→地下鉄(今出川駅下車)→仏陀寺→阿弥陀寺→JR京都駅→JR安土駅→安土城郭資料館→安土城天主「信長の館」→安土城考古博物館→安土城跡→JR安土駅→JR近江八幡駅→宿
夜行バスで金曜日夜に福岡を出発し、今朝、京都に到着した。
無事に仕事も辞めて、久々にモリモリできるのである。
今回の目的は
『森可成も登ったあの雲雀山に登ろう!』o(^▽^)o
である。
予定では本日は京都と安土をめぐって近江八幡で宿泊し、明日にはお城仲間ズと合流して一緒に雲雀山にのぼり、ついでに小谷城にも登ろうかと思う。
今朝は京都駅のロッカーにキャリーバッグを預けて地下鉄に乗り、今出川駅から歩いて仏陀寺への参拝することから始まった。
仏陀寺は森家に関係あるのかと以前から気になっていた事を確認したくてお参りしたのだけど、結果としてよくわからなかった。と、いうより関係がない気がしてきたので詳細を書かない。
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仏陀寺 |
偶然にも仏陀寺のご近所が織田信長と森蘭丸・坊丸・力丸のお墓のある阿弥陀寺だ。どちらも住所は「鶴山町」である。
久々に皆さんのお墓参りをしてきた。
すると小雨が降り始める。
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阿弥陀寺にある森三兄弟の墓 3人の間になにか別のお墓が。 |
京都駅に戻った頃には雨はあがったよし。
そしていざ、安土に移動しようとするのに、京都駅の中の どのロッカーに荷物を預けたのかわからなくなってロッカーを求めて小一時間ほど京都駅構内を徘徊した。
そんな、魔界都市・京都。
無事にキャリーバッグをコインロッカーから取り戻し、ようやく安土駅に移動した。
最初に訪問した安土城郭資料館には、動く縮小サイズ安土城天主があるほか、近年誕生せしゆるキャラの「らんまる君」たちのグッズがある。
紙で作るらんまる君の帽子なんかもあったけどこれは買わなかった。
バッヂや絵葉書など、大人のお買い物の範囲でらんまる君グッズを購入した。
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安土城郭資料館のグッズ販売 らんまる君グッズが充実 |
ちなみに、購入したのは主にこれ。
その後はレンタサイクルで青空の下で安土をかけぬける。
買えばよかった、らんまるくん帽子♪
自宅でなら、なんとかかぶれる らんまる君帽子~チリン♪チリン♪
入館料惜しさにご無沙汰していた「信長の館」に久々に入ってみた。
安土城天主の5階と6階だけを原寸大に作ってみたシュールな館である。内装は豪華に金箔も貼って、品格を失わないキラキラ天主になっている。
むしろお目当てはこの天主よりもミュージアムグッズだった我。
天童市にある信長の肖像画のポストカードを購入した。
次に安土城考古博物館に入館した。
秋季特別展「信長×信玄 戦国のうねりの中で」を観る。
森度が低かったが、日頃目にするチャンスのない武田方の貴重資料がいくつか展示されていたので嬉しかった。
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安土城考古博物館 「信長×信玄」とかけ算してるのかと思ったら刀のマークだった。 |
そのあとには、いよいよ安土城跡に登る。
お時間の都合で織田信長公本廟と天主跡まで一気に登ってしまった。
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安土山 安土城があったお山 |
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安土城の伝・森蘭丸邸址 敷地はもっともっと奥のほう(立入禁止)。 |
安土城跡で肺の空気を総入れ替えしていたその時である。
出張で別行動していた夫が、本日の合流地点の近江八幡駅にまもなく到着すると連絡してきた。
私も大慌てで近江八幡に向かうべく安土駅に戻る。
でも、安土の田んぼの中で必死に自転車をこいでいた時に、乗る予定の列車がプオーンと走り去るのを見てしまった。邪魔な建物がないので、列車が走り去るのが遠方からでも、すごくわかりやすいヨ!!
かくして1時間に2本しかない電車に乗り遅れてしまい、
『嗚呼。こんなことならもっとゆっくりと安土城にいればよかった。』
と切なくなった次第。
夫とは無事に近江八幡駅のホテルで合流。
夕食は大大大大奮発で近江牛の高級レストラン「ティファニー」に行ってみる。
恐れ多くもトレッキングシューズで入ってしまった。
そして、口の中でとろけるジュースィーな近江牛をコースでこれでもかと満喫した。
私の横で誰かが
「グラコロ グラコロ グラコロ グラコロ グラコロ!トントントン!グラコロ!トントントン!」
と歌っても、まったく気が散らないほどにジュースィーな近江牛に夢中になった
(いや、グラコロを歌ったりする人いないけどさ)。
|
ジュースィー近江牛 |
そしてその夜。
高級メニューに慣れない私の胃が近江牛詰め合わがやってきたのに驚いたのか、胃がもたれてもたれて眠れないのであった…。
※RANMRU!サイトの旅行記にはもっと詳細を書きます。