近況報告
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夜中に胃けいれんを起こしてしまった。
「かかりつけの病院(何かあれば24時間いつでも連絡くれればアドバイスをすると言われていた。)に電話したい。」と夫に頼んだら、夫が消防局に電話して救急車を呼んでしまったので、ノミの心臓の私はビビって泣いた。
救急車が来た頃には、一時間続いた胃けいれんの波も引いていて、自分で歩けるようになっていた。
緊急性がないとのことで、一旦運び込まれた救急車を下ろされた。
これが、人生初の救急車だった。
タクシー会社に「救急車の中にいる私を迎えにきてください。」と配車手配して、タクシーで病院へ。
病院でも「胃けいれんを起こしてしまって。」と説明したのだけど、研修医だろう宿直の若い先生から「念のためにすべてチェックしましょう。」と、胃の部分に限らずお腹のあらゆるところを押さえられて「痛いところはどこですか?」とのこと。
「胃の部分が痛いです…。」
ベッドに入り、エコーと血液検査と点滴をしていると、隣のベッドに眠っている急患と医者の「嘔吐」「下痢」などのやり取りが聞こえてきて、私は病院に来たことにより更に病気を得てしまうことになってしまうのではないかと、ドキドキ(;゚Д゚)!
明け方になって、先ほどの若い先生が他の若い先生(また研修医さんかな?)を連れてきて、今から勤務交代するとのこと。
で、交代した先生がもう一度症状を確認したいとのこと。
またしても、今度は交代要員の先生にお腹のあらゆるところを押さえられて「痛いところはどこですか?」とのこと。
「胃の部分が痛いです…。」
そうして、念には念を入れて専門の先生にエコーをとってもらおうということで、またエコーでお腹のあらゆるところを押さえられた。
診断結果:「胃炎」
「かかりつけの病院(何かあれば24時間いつでも連絡くれればアドバイスをすると言われていた。)に電話したい。」と夫に頼んだら、夫が消防局に電話して救急車を呼んでしまったので、ノミの心臓の私はビビって泣いた。
救急車が来た頃には、一時間続いた胃けいれんの波も引いていて、自分で歩けるようになっていた。
緊急性がないとのことで、一旦運び込まれた救急車を下ろされた。
これが、人生初の救急車だった。
タクシー会社に「救急車の中にいる私を迎えにきてください。」と配車手配して、タクシーで病院へ。
病院でも「胃けいれんを起こしてしまって。」と説明したのだけど、研修医だろう宿直の若い先生から「念のためにすべてチェックしましょう。」と、胃の部分に限らずお腹のあらゆるところを押さえられて「痛いところはどこですか?」とのこと。
「胃の部分が痛いです…。」
ベッドに入り、エコーと血液検査と点滴をしていると、隣のベッドに眠っている急患と医者の「嘔吐」「下痢」などのやり取りが聞こえてきて、私は病院に来たことにより更に病気を得てしまうことになってしまうのではないかと、ドキドキ(;゚Д゚)!
明け方になって、先ほどの若い先生が他の若い先生(また研修医さんかな?)を連れてきて、今から勤務交代するとのこと。
で、交代した先生がもう一度症状を確認したいとのこと。
またしても、今度は交代要員の先生にお腹のあらゆるところを押さえられて「痛いところはどこですか?」とのこと。
「胃の部分が痛いです…。」
そうして、念には念を入れて専門の先生にエコーをとってもらおうということで、またエコーでお腹のあらゆるところを押さえられた。
診断結果:「胃炎」
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今日はお城仲間さんズが来福のため、夫婦で福岡空港までお出迎え。
合流後にはそのまま高速に乗り、一路、佐賀県唐津市へ。
みんなで愛と野望の朝鮮出兵の拠点・名護屋城跡とその周辺に諸大名が築いた陣屋めぐりにいそしんだ。
このところは私もずっと穴ごもり生活だったけど、ようやく、森家も関係のある史跡を訪問することができるのである。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の時には全国の諸大名同様に、森忠政もこの名護屋へ集結し、名護屋城の普請にも関わったので名護屋城跡も立派な森家史跡である(なお、森忠政は朝鮮へ渡海はしてなくてお留守番チーム)。
しかも、九州北部はギリギリ今日ぐらいまでが桜の見頃かな。
お城仲間さんの一人が石田三成スキーだったので、まずは言われるがままに名護屋城周辺の『石田三成陣跡』を探す。
でも、陣跡とされる一帯はみごとビニルハウスとみかん畑になっていて、名残というものもそう感じられず、写真撮影スポットもよくわからない。土塁は遺っているとのことだけど、森家は関係ないので、沸き起こらない探究心。
でも、驚いたことに、陣跡には新しめの『石田三成地蔵』なるものがお祀りされていた。
続いて、「道の駅 桃山天下一」の裏手の山にある前田利家陣跡を訪問。
以前、別のお城仲間さんと初訪問した時は草が深々と生い茂っていて、先陣を切って歩くお城仲間さんがかき分けた草木が私に跳ね返ってビシバシと叩きつけられながらの散策だった気がするけど、今回は綺麗に草も刈られて、遠方からでもとても見やすかった。
ツクシがたくさんあったので時間があれば積んで帰りたかった…。
その後、木下延俊陣跡を見学してそのまま名護屋城跡ゾーンへ突入。

名護屋城跡は桜の花も美しく、青い草の垣間見える破却された城の石垣すら春めいていて、見栄えがしている。
それから、生駒親正陣跡→北条氏盛陣跡→増田長盛陣跡→直江兼続陣跡→上杉景勝陣屋跡を見学。
場所によっては再訪だったり、入りにくかったりするので、私は一緒に散策したり、しなかったりだけど、最後についていった直江兼続陣跡には、かつての大河の時に翻っていただろうノボリの残骸があり、もはやぼろ布と化したノボリの切れ端部分が風でパタパタいっているのが印象的だった。
福岡市内に帰ってからは、9時スタートの遅いお食事。
別のお城仲間さんとも合流して、知る人ぞ知る博多餃子の有名店『鉄なべ』で博多餃子を延々と食べて今日消費したエネルギーを充填(@ニンニク臭)した。
最後の方は腰痛で歩き方がわからないほどになってしまい
、ご心配かけつつも、久々に皆でワイワイと森家を満喫できてとても楽しい一日だった。
お城仲間さんズ、どうもありがとうございました。
また来てね
合流後にはそのまま高速に乗り、一路、佐賀県唐津市へ。
みんなで愛と野望の朝鮮出兵の拠点・名護屋城跡とその周辺に諸大名が築いた陣屋めぐりにいそしんだ。
このところは私もずっと穴ごもり生活だったけど、ようやく、森家も関係のある史跡を訪問することができるのである。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の時には全国の諸大名同様に、森忠政もこの名護屋へ集結し、名護屋城の普請にも関わったので名護屋城跡も立派な森家史跡である(なお、森忠政は朝鮮へ渡海はしてなくてお留守番チーム)。
しかも、九州北部はギリギリ今日ぐらいまでが桜の見頃かな。

お城仲間さんの一人が石田三成スキーだったので、まずは言われるがままに名護屋城周辺の『石田三成陣跡』を探す。
でも、陣跡とされる一帯はみごとビニルハウスとみかん畑になっていて、名残というものもそう感じられず、写真撮影スポットもよくわからない。土塁は遺っているとのことだけど、森家は関係ないので、沸き起こらない探究心。
でも、驚いたことに、陣跡には新しめの『石田三成地蔵』なるものがお祀りされていた。
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名護屋城近く 石田三成陣跡 取り巻くビニルテープは三成リスペクトのニラ・アートなのだろうか? |
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石田三成陣跡にあったまさかの三成地蔵尊 |
続いて、「道の駅 桃山天下一」の裏手の山にある前田利家陣跡を訪問。
以前、別のお城仲間さんと初訪問した時は草が深々と生い茂っていて、先陣を切って歩くお城仲間さんがかき分けた草木が私に跳ね返ってビシバシと叩きつけられながらの散策だった気がするけど、今回は綺麗に草も刈られて、遠方からでもとても見やすかった。
ツクシがたくさんあったので時間があれば積んで帰りたかった…。
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前田利家陣跡 |
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前田利家陣跡に咲くスミレ |
その後、木下延俊陣跡を見学してそのまま名護屋城跡ゾーンへ突入。


名護屋城跡は桜の花も美しく、青い草の垣間見える破却された城の石垣すら春めいていて、見栄えがしている。
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桜咲く名護屋城跡 |
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矢穴(真ん中の穴)には折れたノミがささったまんま。 |
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旗竿を立てた石(手前)と名護屋城の桜 |
それから、生駒親正陣跡→北条氏盛陣跡→増田長盛陣跡→直江兼続陣跡→上杉景勝陣屋跡を見学。
場所によっては再訪だったり、入りにくかったりするので、私は一緒に散策したり、しなかったりだけど、最後についていった直江兼続陣跡には、かつての大河の時に翻っていただろうノボリの残骸があり、もはやぼろ布と化したノボリの切れ端部分が風でパタパタいっているのが印象的だった。
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直江兼続陣跡 きっと昔の大河PR的なノボリだっただろう残骸がお出迎えしてくれる。 |
福岡市内に帰ってからは、9時スタートの遅いお食事。
別のお城仲間さんとも合流して、知る人ぞ知る博多餃子の有名店『鉄なべ』で博多餃子を延々と食べて今日消費したエネルギーを充填(@ニンニク臭)した。
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焼きたてパクパク「鉄なべ」餃子 |
最後の方は腰痛で歩き方がわからないほどになってしまい

お城仲間さんズ、どうもありがとうございました。
また来てね


義理両親から蟹料理を食べに連れて行ってもらった。

蟹料理と言っても看板の上でウィ~ンと巨大な蟹が動いている系の蟹料理店ではなく、和風の古民家っぽく雰囲気のよいお店だった。ここに住みたい。
当然なのだろうけど、メニューを見るとすべてが蟹料理。
配達用の寿司の詰め合わせ8,000円のカタログの写真もすべてが蟹でできた巻き寿司・軍艦寿司の詰め合わせだった。なんか飽きそ(ばきっ!!)



義理両親の前では慎ましくしているので、今回、食した料理の画像は撮影できなかったけど、まことに端から端まで食器と料理の彩りもよく、カニカニしいご馳走。

お腹いっぱい食べた。
最後のデザートに「甲羅ケーキでございます。」と言われて、蟹の甲羅に蟹みそと生クリームを乗せたような本能的に美味しくなさそうなケーキをイメージしてしまい、ギクリとしたけど、蟹の甲羅ではなくロールケーキを半分に切ったようなものだった(ホッ)。
夕方、とあるところから、森家のお仕事しないか電話がかかってくる。
実現するかどうかは別にして、ああ、森家のロマンスの神様は私を見放してはいないようです。
森家のロマンスの神様どうもありがとう。


蟹料理と言っても看板の上でウィ~ンと巨大な蟹が動いている系の蟹料理店ではなく、和風の古民家っぽく雰囲気のよいお店だった。ここに住みたい。
当然なのだろうけど、メニューを見るとすべてが蟹料理。

配達用の寿司の詰め合わせ8,000円のカタログの写真もすべてが蟹でできた巻き寿司・軍艦寿司の詰め合わせだった。なんか飽きそ(ばきっ!!)




義理両親の前では慎ましくしているので、今回、食した料理の画像は撮影できなかったけど、まことに端から端まで食器と料理の彩りもよく、カニカニしいご馳走。


お腹いっぱい食べた。

最後のデザートに「甲羅ケーキでございます。」と言われて、蟹の甲羅に蟹みそと生クリームを乗せたような本能的に美味しくなさそうなケーキをイメージしてしまい、ギクリとしたけど、蟹の甲羅ではなくロールケーキを半分に切ったようなものだった(ホッ)。

夕方、とあるところから、森家のお仕事しないか電話がかかってくる。
実現するかどうかは別にして、ああ、森家のロマンスの神様は私を見放してはいないようです。
森家のロマンスの神様どうもありがとう。
大学時代からずっと仲良しの先輩から映画『ヒッチコック』の試写会に誘ってもらって、久々に天神まで出た。
天神という九州一の都会に出てきたついでに色々とショッピングもしたかったけども、お茶の専門店ルピシアぐらいにとどめた。
最近は試し買いしたルイボスティーがなかなか美味しくて毎日飲むようになったけど、今回はその延長でルイボスティーに味つけしたフレーバーティーも買ってみた。
あと、デカフェ(カフェインレス)紅茶も気になってしまい購入。
このデカフェ紅茶は大好きなサクランボのフレーバーティー。

キャラメル&ラム(ルイボスティー)
ピッコロ(ルイボスティー)
デカフェ・サクランボ(紅茶)
お茶の名前がピッコロといっても『ハニー、ベリー、アプリコットでルイボスティーを香りづけした優しく甘い香りのお茶』であって、緑とピンク色した某アニメの大魔王を削ってお茶にブレンドしたものではない。
『ヒッチコック』試写会の会場で久々に先輩と再会。
手紙のやりとりは頻繁にやっているのでお互いのだいたいの近況もわかっているので久しぶり感もあまりないけど、やっぱり生身で会えるのは嬉しい。
お手洗いを済ませて着席してからロクシタンのチェリーのハンドクリームを手に塗っていたら、
先輩:「私も持ってるよー!」
と、ロクシタンのローズのハンドクリームを出してきて手に塗りはじめ、2人のロクシタン臭が混じり合って、周辺に変な香りのハーモニーをかもしだしていた。
試写会を見ながら、やっぱり腰痛がきて、椅子の上でモゾモゾモゾモゾして何度も姿勢を変えてしまう。なんだかトイレが我慢できずに臨界点に達した人のような動きでもある。
とりあえず先輩にはあらかじめ腰痛がひどいことは言ってあるので
「うきき、しんどそうだけど大丈夫なの?何かお尻に敷いたら楽になるかもよ?」
と心配され、折りたたんだショールを背中に挟んで応急処置。(;´д`)
今度から、外出には座布団を持参しよう。
その後は中華料理を食べつつ、また色々とお話をして解散。
明日から日替わりメニューでルピシアのお茶を飲んでみようっと。
それから、毎日飲んでいるノーマルのルイボスティーを楽天市場で買い足しておこう。おしゃれ~。
天神という九州一の都会に出てきたついでに色々とショッピングもしたかったけども、お茶の専門店ルピシアぐらいにとどめた。
最近は試し買いしたルイボスティーがなかなか美味しくて毎日飲むようになったけど、今回はその延長でルイボスティーに味つけしたフレーバーティーも買ってみた。
あと、デカフェ(カフェインレス)紅茶も気になってしまい購入。
このデカフェ紅茶は大好きなサクランボのフレーバーティー。



お茶の名前がピッコロといっても『ハニー、ベリー、アプリコットでルイボスティーを香りづけした優しく甘い香りのお茶』であって、緑とピンク色した某アニメの大魔王を削ってお茶にブレンドしたものではない。
『ヒッチコック』試写会の会場で久々に先輩と再会。
手紙のやりとりは頻繁にやっているのでお互いのだいたいの近況もわかっているので久しぶり感もあまりないけど、やっぱり生身で会えるのは嬉しい。
お手洗いを済ませて着席してからロクシタンのチェリーのハンドクリームを手に塗っていたら、
先輩:「私も持ってるよー!」
と、ロクシタンのローズのハンドクリームを出してきて手に塗りはじめ、2人のロクシタン臭が混じり合って、周辺に変な香りのハーモニーをかもしだしていた。
試写会を見ながら、やっぱり腰痛がきて、椅子の上でモゾモゾモゾモゾして何度も姿勢を変えてしまう。なんだかトイレが我慢できずに臨界点に達した人のような動きでもある。
とりあえず先輩にはあらかじめ腰痛がひどいことは言ってあるので
「うきき、しんどそうだけど大丈夫なの?何かお尻に敷いたら楽になるかもよ?」
と心配され、折りたたんだショールを背中に挟んで応急処置。(;´д`)
今度から、外出には座布団を持参しよう。
その後は中華料理を食べつつ、また色々とお話をして解散。
明日から日替わりメニューでルピシアのお茶を飲んでみようっと。
それから、毎日飲んでいるノーマルのルイボスティーを楽天市場で買い足しておこう。おしゃれ~。
夫を連れて1年ぶりくらいに実家に帰った。
まずは両祖父母の家を訪問。
父方の祖母は認知症が入っていて、もはや孫の私の名前も、自分との関係性もわからないというのに、
私の夫(2回目の対面)を見て「どなた?」→「私の夫だよ」→「あら、結婚できたのね!!!」
なぜ、私の事は知らない、わからないと首をふりつつ、私にその男性はどなかたかと訪ね、私がついに結婚できたんだ、と、そこんとこだけは認識しているのだろう…。
そして、しばらくして私の夫を見て「どなた?」→「私の夫だよ」→「あら、結婚できたのね!!!よかったね!!!」
実家に戻ってからは、まずは実家に置いていたままの書籍を少しづつ引き取って帰ろうと思って、今回はまず森家の資料から持ち出そうという計画だったのに、実家の自分の部屋に入ると私の部屋の本棚に弟の書籍や父親の作った船模型が積みこまれて私の本がなかった。
わ、私の森家資料は?!
捨てられてたらもんどりうって泣き死ぬ!!!!
鬼マンボウになって慟哭する!!!Σ(゜□゜;
武士はもう嫌だーーーー!!!!
パニくりそうになっていたが、私の荷物はダンボールに詰めこんで押入れのどこかにあるらしい…。
パニくりそうになっていたが、私の荷物はダンボールに詰めこんで押入れのどこかにあるらしい…。
押入れを開けると段ボールがみっしりと詰めこまれている。
腰痛だし、夕食の時間にもなり、夫もいるので荷物を掘り出そうと暴れられず、今回は探し出して持ち帰る(救出する)のを諦めた。
湿気が気になるし、どういう荷物の突っこみかたをされているか気にはなるけど、次回こそは…(´・_・`)